・・・集る者は大抵四十から五十、六十の相当年輩の男ばかりで、いずれは道楽の果、五合の濁酒が欲しくて、取縋る女房子供を蹴飛ばし張りとばし、家中の最後の一物まで持ち込んで来たという感じでありました。或いは又、孫のハアモニカを、爺に借せと騙して取上げ、・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・、ほら吹きなり、のほほんなりと少し作品を濶達に書きかけると、たちまち散々、寄ってたかってもみくちゃにしてしまって、そんならどうしたらいいのですと必死にたずねてみても、一言の指図もしてくれず、それこそ、縋るを蹴とばし張りとばし意気揚々と引き上・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・けれども私は、藁ひとすじに縋る思いで、これまでの愚かな苦労に執着しているということも告白しなければならない。若し語ることがあるとすれば、ただ一つ、そのことだけである。私は、こんなばかな苦労をして、そうして、なんにもならなかったから、せめて君・・・ 太宰治 「困惑の弁」
出典:青空文庫