・・・そとに出て見る、表山、山、杉木立、明るい錆金色の枯草山、そこに小さい紅い葉をつけたはじの木、裏山でいつも日の当らないところは、杉木立の下に一杯苔がついて居、蘭科植物や羊歯が青々といつも少しぬれて繁茂して居る。 山が多く、日光が当るあたら・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・濡縁のある庭というと特別な趣でもありそうだが、ここに繁茂しているのは八ツ手と青木である。窪川鶴次郎さんが、うまく樹を植え込んで上げるよと自信ありげに約束してくれたが、実現しないうちに梅雨も上ってしまいそうだ。〔一九三七年八月〕・・・ 宮本百合子 「見ない写真へ」
・・・草ばかり夜昼繁茂する。夜半、目が醒める。微に草の葉のすれ合う音がする。月を吹く風か? いやあの青草のまた伸び上る戦ぎであろう。菁は凄に通ずると感じながらその戦ぎを聞いた。 その空家の叢の蔭に、いつからとなく一条草が踏みつけられた。そこか・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
・・・ 彼の肉体に植物の繁茂し始めた歴史の最初は、彼の雄図を確証した伊太利征伐のロジの戦の時である。彼の眼前で彼の率いた一兵卒が、弾丸に撃ち抜かれて顛倒した。彼はその銃を拾い上げると、先登を切って敵陣の中へ突入した。彼に続いて一大隊が、一聯隊・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫