・・・――こう自ら歌ったほど、彼の薬を請うものは、上は一藩の老職から、下は露命も繋ぎ難い乞食非人にまで及んでいた。 蘭袋は甚太夫の脈をとって見るまでもなく、痢病と云う見立てを下した。しかしこの名医の薬を飲むようになってもやはり甚太夫の病は癒ら・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・と云いながら、一度所か二度も三度も、交換手に小言を云っちゃ、根気よく繋ぎ直させましたが、やはり蟇の呟くような、ぶつぶつ云う声が聞えるのです。泰さんもしまいには我を折って、「仕方がないな。どこかに故障があるんだろう。――が、それより肝腎の本筋・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・まず風情はなくとも、あの島影にお船を繋ぎ、涼しく水ものをさしあげて、やがてお席を母屋の方へ移しましょう。」で、辞退も会釈もさせず、紋着の法然頭は、もう屋形船の方へ腰を据えた。 若衆に取寄せさせた、調度を控えて、島の柳に纜った頃は、そうで・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・寸々に裂けたる鼠の法衣を結び合せ、繋ぎ懸けて、辛うじてこれを絡えり。 容貌甚だ憔悴し、全身黒み痩せて、爪長く髯短し、ただこれのみならむには、一般乞食と変わらざれども、一度その鼻を見る時は、誰人といえども、造化の奇を弄するも、また甚だしき・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ こっちはただの帆前船で、逃げも手向いも出来たものじゃねえ、いきなり船は抑えられてしまうし、乗ってる者は残らず珠数繋ぎにされて、向うの政府の猟船が出張って来るまで、そこの土人へ一同お預けさ」「まあ! さぞねえ。それじゃ便りのなかったのも・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・舟繋ぎおわれば臥席巻きて腋に抱き櫓を肩にして岸に上りぬ。日暮れて間もなきに問屋三軒皆な戸ざして人影絶え人声なし。源叔父は眼閉じて歩み我家の前に来たりし時、丸き眼みはりてあたりを見廻わしぬ。「我子よ今帰りしぞ」と呼び櫓置くべきところに櫓置・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・白馬一匹繋ぎあり、たちまち馬子来たり、牽いて石級を降り渡し船に乗らんとす。馬懼れて乗らず。二三の人、船と岸とにあって黙してこれを見る。馬ようやく船に乗りて船、河の中流に出ずれば、灘山の端を離れてさえさえと照る月の光、鮮やかに映りて馬白く人黒・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 一昨年、私は家を追われ、一夜のうちに窮迫し、巷をさまよい、諸所に泣きつき、その日その日のいのち繋ぎ、やや文筆でもって、自活できるあてがつきはじめたと思ったとたん、病を得た。ひとびとの情で一夏、千葉県船橋町、泥の海のすぐ近くに小さい家を・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・かく推論の結果心理学者の解剖を拡張して集合の意識やまた長時間の意識の上に応用して考えてみますと、人間活力の発展の経路たる開化というものの動くラインもまた波動を描いて弧線を幾個も幾個も繋ぎ合せて進んで行くと云わなければなりません。無論描かれる・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・眼を遮らぬ空の二つに裂くる響して、鉄の瘤はわが右の肩先を滑べる。繋ぎ合せて肩を蔽える鋼鉄の延板の、尤も外に向えるが二つに折れて肉に入る。吾がうちし太刀先は巨人の盾を斜に斫って戞と鳴るのみ。……」ウィリアムは急に眼を転じて盾の方を見る。彼の四・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫