・・・余が先生の美学の講義を聴きに出たのは、余が大学院に這入った年で、たしか先生が日本へ来て始めての講義だと思っているが、先生はその時からすでにこう云う顔であった。先生に日本へ来てもう二十年になりますかと聞いたら、そうはならない、たしか十八年目だ・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・単に建物ばかりでなく、町の気分を構成するところの全神経が、或る重要な美学的意匠にのみ集中されていた。空気のいささかな動揺にも、対比、均斉、調和、平衡等の美的法則を破らないよう、注意が隅々まで行き渡っていた。しかもその美的法則の構成には、非常・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・古い説かも知らんが私の知ってる限りじゃ、今迄の美学者も実感を芸術の真髄とはせず、空想が即ち本態であるとしている。この空想とは、例の賊に追われたことを後から追懐する奴なんだ。そうすると小説は第二義のもので、第一義のものじゃなくなって来る。否、・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・「ですから、どの美学の本にもこれくらいのことは論じてあるんです。」「美学の方の本沢山おもちですの。」樺の木はたずねました。「ええ、よけいもありませんがまあ日本語と英語と独乙語のなら大抵ありますね。伊太利のは新らしいんですがまだ来・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・おれのとこのはみんな美学にかなっている。」「いや。お前は偉い。それではマミミを返して呉れ。」「いいとも。連れて行きなさい。けれども本人が望みならまた寄越して呉れ。」「うん。」 どうです。とうとうこんな変なことになりました。こ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ 神秘主義がファッシズムとの間にもっている危険な関係は、ナチスの美学がその後あらわにしたように、現実からの逃避や、主観的観念性、幻想の壤土となるからである。現実での暴虐、流血を神秘主義に色どって、その強烈さで、理性を麻痺させることは、ヒ・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・樗牛また矜高自ら持して、我が説く所は美学上の創見なりなどと曰って居る。さてその前後左右に綺羅星の如くに居並んでいる人々は、遠目の事ゆえ善くは見えぬが、春陽堂の新小説の宙外、日就社の読売新聞の抱月などという際立った性格のある頭が、肱を張って控・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・が、同時にまた我々はこれを、製作家の書いた美学上の論文として、すなわち「製作の心理」を明らかにし得る可能の最も多い論文として、取り扱うこともできる。この意味でも自分はこれらの論文が深い暗示に富んだ価値の高いものであることを感ずる。それは美学・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫