・・・彼等は一杯の紅茶を前に自動車の美的価値を論じたり、セザンヌの経済的価値を論じたりした。が、それ等にも疲れた後、中村は金口に火をつけながら、ほとんど他人の身の上のようにきょうの出来事を話し出した。「莫迦だね、俺は。」 話しを終った中村・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・芸術家の尊厳を失うほどきちんと片づけちゃだめだよ。美的にそこいらを散らかすのを忘れちゃいかんぜ。そこで俺はと……俺はドモ又をドモ又の弟に仕立て上げる役目にまわるから……おまえの画はたいてい隣の部屋にあるんだろう。これはおまえんだ。これもこれ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ 以上を要約するに、現実に立脚した、奔放不覊なる、美的空想を盛り、若しくは、不可思議な郷土的な物語は、これを新興童話の名目の下に、今後必ずや発達しなければならぬ機運に置かれています。いまの児童の読物のあまりに杜撰なる、不真面目なる、・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・ 私はもう往来を軽やかな昂奮に弾んで、一種誇りかな気持さえ感じながら、美的装束をして街を歩した詩人のことなど思い浮かべては歩いていた。汚れた手拭の上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量ったり、またこんなことを思った・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・実はそれは美的狩猟の心理なのだ。 恋愛には必ず相手への敬の意識がある。思慕と憧憬との精神的側面があり、誇張していえば、跪きたくなる感情がある。そして対象は単一的であって並列的ではない。美的狩猟はならべ描くことによって情緒をますのだ。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・何をおいても、人間性の霊的・美的教養の書物は逸することを恐れて、より高く、より美しきものをと求めて読んでおかなければならないのである。 学術的、社会・経済的ないし職業専門的の書物にあっても、つとめて勤勉して読むことは、非常に必要である。・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ 黒白の切片の配置、線の並列交錯に現われる節奏や諧調にどれだけの美的要素を含んでいるかという事になると、問題がよほど抽象的なものになり、むしろ帰納的な色彩を帯びては来るが、しかしそれだけにいくらか問題の根本へ近づいて行きそうに思われる。・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・ 世間には科学者に一種の美的享楽がある事を知らぬ人が多いようである。しかし科学者には科学者以外の味わう事のできぬような美的生活がある事は事実である。たとえば古来の数学者が建設した幾多の数理的の系統はその整合の美においておそらくあらゆ・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・ それはとにかく、子供の時代に受けたいろいろの有益な「美的教育」のかたわらにこうした「グロテスク教育」もあったということは、つい近ごろまで意識しないでいたことである。それを意識した今日から翻ってよくよく考えてみると、こういう一見はなはだ・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・しかしまだそれだけでは美的芸術の水平線に達する事は出来ない。能知者と所知者の結合を包括する全体が更に大きな普遍的で絶対的な能知を反映する事によって芸術たる価値が定まると考える事が出来るだろう。 以上のごとき単純な側面観によって科学と芸術・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
出典:青空文庫