・・・また、二十世紀の科学的文明が世界の幾千の都会に光りと色彩の美観を添え、益々繁華ならしめんとする余沢も蒙っていない。たゞ千年前の青い空の下に、其の時分の昔の人も、こうして住んでいたというより他に思われない極めて単純な、自然の儘の質朴な生活をつ・・・ 小川未明 「夕暮の窓より」
・・・殆んど紙面の美観を台なしにしてしまうほどの、尨大かつあくどい広告のおかげだ。もっとも年がら年中医者の攻撃ばかしやっていたわけではない。 そんな芸なしのおれではなかった。…… ――其の後、売薬規則の改備によって、医師の誹謗が禁じら・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・日光とか碓氷とか、天下の名所はともかく、武蔵野のような広い平原の林が隈なく染まって、日の西に傾くとともに一面の火花を放つというも特異の美観ではあるまいか。もし高きに登りて一目にこの大観を占めることができるならこの上もないこと、よしそれができ・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 人間の文化が進むに従ってこの門衛の肝心な役目はどうかすると忘れられがちで、ただ小屋の建築の見てくれの美観だけが問題になるようであるが、それでもまだこの門衛の失職する心配は当分なさそうである。感官を無視する科学者も時にはにおいで物質を識・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・斉一統一は美観である。小学校の運動会に小さな手足の揃うすら心地好いものである。「一方に靡きそろひて花すゝき、風吹く時そ乱れざりける」で、事ある時などに国民の足並の綺麗に揃うのは、まことに余所目立派なものであろう。しかしながら当局者はよく記臆・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・電車はまだ布設されていなかったが既にその頃から、東京市街の美観は散々に破壊されていた中で、河を越した彼の場末の一劃ばかりがわずかに淋しく悲しい裏町の眺望の中に、衰残と零落とのいい尽し得ぬ純粋一致調和の美を味わしてくれたのである。 その頃・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ 四、五年来、わたくしが郊外を散行するのは、かつて『日和下駄』の一書を著した時のように、市街河川の美観を論述するのでもなく、また寺社墳墓を尋ねるためでもない。自分から造出す果敢い空想に身を打沈めたいためである。平生胸底に往来している感想・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・社会的には全く複雑な要因に立つ異性の間の友情が、いたるところで一見まことに単純自然な花々を開かせているという気持よい人間的美観は、私たちの気短かい期待でいきなり明日に求めても無理で、個人と社会とのそこに到ろうとする着実な一歩一歩のうちに実現・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・とかいう観念的な、文学の美観と思われてるものにとびついてしまう傾向がある。 個々の文学研究会は、狭いそこだけの興味にとらわれる傾向がつよく、例えばラップ全線が大衆とともにベズィメンスキーの「射撃」の批判で燃えていたとき、秩序をもってその・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・メイエルホリドも、旧いブルジョア風の、美観は、彼の明暗のきつい構成派の舞台の上から、追っぱらって来た。「D《デー》・E《エー》」「森」「お目出度い亭主」のそれぞれ成功したメイエルホリドの舞台にどんな仕掛けがあったろう。どんな豪華な衣裳が・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
出典:青空文庫