・・・物音はただ白薔薇に群がる蜂の声が聞えるばかりです。白は平和な公園の空気に、しばらくは醜い黒犬になった日ごろの悲しさも忘れていました。 しかしそう云う幸福さえ五分と続いたかどうかわかりません。白はただ夢のように、ベンチの並んでいる路ばたへ・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・日は富士の背に落ちんとしていまだまったく落ちず、富士の中腹に群がる雲は黄金色に染まって、見るがうちにさまざまの形に変ずる。連山の頂は白銀の鎖のような雪がしだいに遠く北に走って、終は暗憺たる雲のうちに没してしまう。 日が落ちる、野は風が強・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・到る処の店先にはラジオの野球放送に群がる人だかりがある。市内に這入るとこれがいっそう多くなる。こうして一度にそれからそれと見て通ると、ラジオ放送のために途上で立往生している人間の数がいかに多数であるかということをはっきりとリアライズすること・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・実はこういう自分にも近ごろの野球戦に群がる人間の大群の意味は充分完全にはよくわからないのである。 しかし蝗やフラミンゴーに限らず、ゼブラでもニューでも、インパラでもジラフでもみんな群れをなして棲息している。アフリカでは食うことの不自由は・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫