・・・どんな雑誌の編輯後記を見ても、大した気焔なのが、羨ましいとも感じて居る。僕は恥辱を忍んで言うのだけれど、なんの為に雑誌を作るのか実は判らぬのである。単なる売名的のものではなかろうか。それなら止した方がいいのではあるまいか。いつも僕はつらい思・・・ 太宰治 「喝采」
・・・詰まらない友達が羨ましい。あの替玉の銀行員が、新しい物を見て歩いているのも羨ましい。いくら端倪すべからざるドリスでも、もう眺めていて目新しくはなくなった。外の女よりは面白いに違いないが、やはり同じ女である。 さてこうなった所で、ポルジイ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・そしてそれが気の毒なというよりはむしろ羨ましいような気のする時がないでもない。 鶴見で下りたものの全くあてなしであった、うしろの丘へでも上ったらどこかものになるだろうと思って、いい加減に坂道を求めて登って行った。風が少しもなくて、薄い朝・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ なんだか非常に羨ましいような気がして同時に今まで出なかった涙が急に眼頭を熱くするのを感じた。 五 八十三で亡くなった母の葬儀も済んで後に母の居間の押入を片付けていたら、古いボールの菓子箱がいくつか積み重・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・その意味からいうと、美々しい女や華奢な男が、天地神明を忘れて、当面の春色に酔って、優越な都会人種をもって任ずる様や、あるいは天下をわがもの顔に得意にふるまうのが羨ましいのです。そうかと云ってこの人造世界に向って猪進する勇気は無論ないです。年・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・よくあいつは遊んでいて憎らしいとかまたはごろごろしていて羨ましいとか金持の評判をするようですが、そもそも人間は遊んでいて食える訳のものではない。遊んでいるように見えるのは懐にある金が働いてくれているからのことで、その金というものは人のために・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・――笑うのじゃない、実は羨ましいのかも知れません。――なるほど昼寝は致します。昼寝ばかりではない、朝寝も宵寝も致します。しかし寝ながらにして、えらい理想でも実現する方法を考えたら、二六時中車を飛ばして電車と競争している国家有用の才よりえらい・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・看護婦がどうも分らないと答えると、隣の人はだいぶん快いので朝起きるすぐと、運動をする、その器械の音なんじゃないか羨ましいなと何遍も繰り返したと云う話である。「そりゃ好いが御前の方の音は何だい」「御前の方の音って?」「そらよく大根・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・考えると、小万さんは羨ましい」と、吉里はしみじみ言ッた。「いや、私も来ないつもりだ」と、西宮ははッきり言い放ッた。「えッ」と、吉里はびッくりして、「え。なぜ。どうなすッたの」と、西宮の顔を見つめて呆れている。「いや、なぜというこ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・そうした人達が羨ましい様な、ねたましい様な気がする。 それかと云って、厚着をして不形恰に着ぶくれた胴の上に青い小さな顔が乗って居る此の変な様子で人の集まる処へ出掛ける気もしない。「なり」振りにかまわないとは云うもののやっぱり「女」に・・・ 宮本百合子 「秋風」
出典:青空文庫