・・・彼れは入口の羽目板に身をよせてじっと聞いていた。「こうまあ色々とお願いしたじゃからは、お互も心をしめて帳場さんにも迷惑をかけぬだけにはせずばなあ。『万国心をあわせてな』と天理教のお歌様にもある通り、定まった事は定まったようにせんとならん・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・で、お宗旨違の神社の境内、額の古びた木の鳥居の傍に、裕福な仕舞家の土蔵の羽目板を背後にして、秋の祭礼に、日南に店を出している。 売るのであろう、商人と一所に、のほんと構えて、晴れた空の、薄い雲を見ているのだから。 飴は、今でも埋火に・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・たそうだが、丁度その日から、寺の諸所へ、火が燃え上るので、住職も非常に困って檀家を狩集めて見張となると、見ている前で、障子がめらめらと、燃える、ひゃあ、と飛ついて消す間に、梁へ炎が絡む、ソレ、と云う内羽目板から火を吐出す、凡そ七日ばかりの間・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・この大河内家の客座敷から横手に見える羽目板が目触りだというので、椿岳は工風をして廂を少し突出して、羽目板へ直接にパノラマ風に天人の画を描いた。椿岳独特の奇才はこういう処に発揮された。この天人の画は椿岳の名物の一つに数えられていたが、惜しい哉・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 日本では、土壁の外側に羽目板を張ったくらいが防寒防暑と湿度調節とを両立させるという点から見てもほぼ適度な妥協点をねらったものではないかという気がする。 台湾のある地方では鉄筋コンクリート造りの鉄筋がすっかり腐蝕して始末に困っている・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・水色のペンキで羽目板を塗り、白で枠を取った二階建ての粗末なバラックであった。階下が発送部で、階上が編輯室だ。誰かが少し無遠慮に階段を下りると、室じゅうが震えるその二階の一つの机、一台のタイプライターを、ジェルテルスキーは全力をつくして手に入・・・ 宮本百合子 「街」
・・・左右から内側へ曲げられた女の姿勢と、窓や羽目板の垂直の線と、浴槽の水平線と、――それで画が小気味よく統一せられている。さらに湯槽や、女の髪や、手や、口や、目や、乳首や、窓外の景色などに用いられた濃い色が色彩の単調を破るとともに、全体を引きし・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫