・・・が、いくら造作なく使えると言っても、習うのには暇もかかりますから、今夜は私の所へ御泊りなさい。」「どうもいろいろ恐れ入ります。」 私は魔術を教えて貰う嬉しさに、何度もミスラ君へ御礼を言いました。が、ミスラ君はそんなことに頓着する気色・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・成程諸君は英語を習うために出席している。その諸君に英語を教えないのは、私が悪かった。悪かったから、重々あやまります。ね。重々あやまります。」と、泣いてでもいるような微笑を浮べて、何度となく同じような事を繰り返した。それがストオヴの口からさす・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ 親父は、そのまま緊乎と抱いて、「織坊、本を買って、何を習う。」「ああ、物理書を皆読むとね、母様のいる処が分るって、先生がそう言ったよ。だから、早く欲しかったの、台所にいるんだもの、もう買わなくとも可い。……おいでよ、父上。」・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ひらひら、ちらちらと羽が輝いて、三寸、五寸、一尺、二尺、草樹の影の伸びるとともに、親雀につれて飛び習う、仔の翼は、次第に、次第に、上へ、上へ、自由に軽くなって、卯の花垣の丈を切るのが、四、五度馴れると見るうちに、崖をなぞえに、上町の樹の茂り・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・あ、螢、螢と登勢は十六の娘のように蚊帳じゅうはねまわって子供の眼を覚ましたが、やがて子供を眠らせてしまうと、伊助はおずおずと、と、と、登勢、わい、じょ、じょ、浄瑠璃習うてもかめへんか。酒も煙草も飲まず、ただそこらじゅう拭きまわるよりほかに何・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ そして、班長のサル又や襦袢の洗濯をさせられたり、銃の使い方や、機関銃や、野砲の撃ち方を習う。毎朝点呼から消燈時間まで、勤務や演習や教練で休むひまがない。物を考えるひまがない。工場や、農村に残っている同志や親爺には、工場主の賃銀の値下げ・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・其頃習うたものは、「いろは」を終って次が「上大人丘一巳」というものであったと覚えて居る。 弱い体は其頃でも丈夫にならなかったものと見えて、丁度「いろは」を卒える頃からででもあったろうか、何でも大層眼を患って、光を見るとまぶしくてならぬた・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・よいか、わしが無理借りに此方へ借りて来て、七ツ下りの雨と五十からの芸事、とても上りかぬると謗らるるを関わず、しきりに吹習うている中に、人の居らぬ他所へ持って出ての帰るさに取落して終うた、気が付いて探したが、かいくれ見えぬ、相済まぬことをした・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・折紙細工に長じ、炬燵の中にて、弟子たちの習う琴の音を聴き正しつつ、鼠、雉、蟹、法師、海老など、むずかしき形をこっそり紙折って作り、それがまた不思議なほどに実体によく似ていた。また、弘化二年、三十四歳の晩春、毛筆の帽被を割りたる破片を机上に精・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・学校ではわりに成績のよかった自分が、学校ではいつもびりに近かった亀さんを尊敬しない訳には行かなかった。学校で習うことは、誰でも習いさえすれば覺えることであり、一とわたりは言葉で云い現わすことの出来るような理窟の筋道の通ったことばかりであった・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
出典:青空文庫