・・・ましてそれは早期の童貞喪失を伴いやすく、女性を弄ぶ習癖となり、人生一般を順直に見ることのできない、不幸な偏執となる恐れがあるのである。 学生時代に女性侮蔑のリアリズムを衒うが如きは、鋭敏に似て実は上すべりであり、決して大成する所以ではな・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・これは、長女の多少てれくさい思いのときに、きっとはじめる習癖である。 次男が、つづけた。「どうも、僕には、描写が、うまくできんので、――いや、できんこともないが、きょうは、少しめんどうくさい。簡潔に、やってしまいましょう。」生意気で・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ほんの外観に於ける習癖に過ぎない。気の弱い、情に溺れ易い、好紳士に限って、とかく、太くたくましいステッキを振りまわして歩きたがるのと同断である。大隅君は、野蛮な人ではない。厳父は朝鮮の、某大学の教授である。ハイカラな家庭のようである。大隅君・・・ 太宰治 「佳日」
・・・背中を丸くして、ぼんやり頬杖をつく習癖がある。自殺しようと家出をした。そのような記事がいま眼のまえにあらわれ出ても、私は眉ひとつうごかすまい。むごいことには、私、おどろく力を失ってしまっていた。私に就いての記事はなかったけれども、東郷さんの・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・はやらない事と関係があるわけでもないだろうし、ただ自分に限られた習癖に過ぎないかもしれない。しかしだれか物好きな人があって、丸善の二階で見張っていて、たくさんの顧客の歩く道筋を統計的に調べてみたら存外おもしろい結果が得られはしまいか。心理学・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ かつて東京にいたころ、市内の細流溝渠について知るところの多かったのも、けだしこの習癖のためであろう。これを例すれば植物園門前の細流を見てその源を巣鴨に探り、関口の滝を見ては遠きをいとわず中野を過ぎて井の頭の池に至り、また王子音無川の流・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ ボルティーコフは、古風な毛むくじゃらな髯とともに、あらゆる古風な労働者の考えかたや習癖を今日まで引っぱって生きている男である。第一酒を飲む。女房を擲る。手をあげて擲るのは自分の女房だけであるが、それはつまり彼のもっている女性観の雄弁な・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・別の云いかたをすると、戦後の批評家の多くは、その人自身、国内亡命をしていた人々であり、作家と同時代人としての、同じ精神の習癖をもっている。いわば、日本のはだしの足の、指ではがれている生爪を見ることを顰蹙するかたぎをもっている。このことは、そ・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
一九五〇年度は、青少年の犯罪が一般の重大な関心をひいた。 青少年の犯罪は、ふっとそんな気になって、ついやられてしまう。それが習癖にもなる。そのついやることは、きょうの社会のわれ目が巨大であり非条理であるに応じて、大きい・・・ 宮本百合子 「修身」
・・・おのれの第一歩的な着眼に固執して、千たび万たび、その角度からだけものをいい、またはその着眼のために理論の全体的な把握を失うような習癖に陥り、それがやがてジャーナリズムにおけるその人の商標となったりしては、理論家としての成長はまったくすたれて・・・ 宮本百合子 「両輪」
出典:青空文庫