・・・夫婦して小さな躄車のようなものに病人らしい老母を載せて引いて行く、病人が塵埃で真黒になった顔を俯向けている。 帰りに追分辺でミルクの缶やせんべい、ビスケットなど買った。焼けた区域に接近した方面のあらゆる食料品屋の店先はからっぽになってい・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・黒い冠木門の両開き戸をあけるとすぐ玄関で案内を乞うと右脇にある台所で何かしていた老母らしきが出て来た。姓名を告げて漱石師より予て紹介のあった筈である事など述べた。玄関にある下駄が皆女物で子規のらしいのが見えぬのが先ず胸にこたえた。外出と云う・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・淋しそうな老母の顔も見える。黙ってじっとしている人々の顔にも年が暮れかかっている。 竹村君は片手の皿の包を胸に引きしめるようにして歩いていたが、突然口の中で「三百円もあるといいなあ」と呟いた。・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・お絹はそう言って、それからこの間どこからか貰ってきた大きな蒸鮑を、母親に切ってもらっていた。老母は錆びた庖丁を砥石にかけて、ごしごしやっていた。「これおいしいですよ。私大事に取っておいたの」お絹は言っていた。「その庖丁じゃおぼつかな・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 吉田は、紙切れに鉛筆で走り書きをして、母に渡した。「これを依田君に渡して下さい。私はちょっと行って来ますから。心配しないで下さいね。大丈夫だから」 老母の眼からは、涙が落ちた。 吉田は胸が痛かった。おそろしい悲しみと、歯噛・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・そこへ持って来て、子供二人と老母と嬶とこれだけの人間が、私を、この私を一本の杖にして縋ってるんです。 手負い猪です。 医者が手当をしてくれると、私は面接所に行った。わざと、下駄を叩きへ打っけるんだ。共犯は喜ぶ。私も嬉しい。 ――・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・曾て或る洋学者が妻を娶り、其妻も少し許り英語を解して夫婦睦じく家に居り、一人の老母あれども何事も相談せざるのみか知らせもせずに、夫婦の専断に任せて、母は有れども無きが如し。或るとき家の諸道具を片付けて持出すゆえ、母が之を見て其次第を嫁に尋ぬ・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 父は東京に住んでいた家族にこのようにして書いていたばかりでなく、福島県の開成山に隠棲していた老母に、凡そこの二分の一ぐらいのエハガキだよりを送って居ます。当時は外国雑誌など珍らしかったので、老母のところには、父が写真説明を日本語で細か・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・このとき長十郎の心頭には老母と妻とのことが浮かんだ。そして殉死者の遺族が主家の優待を受けるということを考えて、それで己は家族を安穏な地位において、安んじて死ぬることが出来ると思った。それと同時に長十郎の顔は晴れ晴れした気色になった。・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・それに老母が生きているので、家は七人暮らしである。平生人には吝嗇と言われるほどの、倹約な生活をしていて、衣類は自分が役目のために着るもののほか、寝巻しかこしらえぬくらいにしている。しかし不幸な事には、妻をいい身代の商人の家から迎えた。そこで・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫