・・・と、彼は帰りの電車の中でつく/″\と考える。――いや、彼を使ってやろうというような人間がそんなのばかりなのかも知れないが。で彼は、彼等の酷使に堪え兼ねては、逃げ廻る。食わず飲まずでもいゝからと思って、石の下――なぞに隠れて見るが、また引掴ま・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・またそう考えることは定まらない不安定な、埓のない恐怖にある限界を与えることになるのであった。しかしそうやって毎夜おそく湯へ下りてゆくのがたび重なるとともに、私は自分の恐怖があるきまった形を持っているのに気がつくようになった。それを言って見れ・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・『命あっての物種だてエ事よ、そうじゃアねえか、まアまア今夜なんか死神に取っ付かれそうな晩だから、早く帰ってよく気を落ち着けて考えるんだなア。』『何言ってるの。』『まア出直した方がいいねエ、どうせ死ぬなら月でもいい晩の方がまだしゃ・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・美と徳との理念をはなれて、彼女たちを考えることはできぬ。したがって彼女たちが何であるかを探り、彼女たちを手に入れるためには美と徳との鍵を忘れることはできない。―― 青年たちはこういうふうに娘たちを、美と善との靄のなかにつつんで心に描くこ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ どうして、彼等が、そういうことを考えるようになるか。 彼等も昔の無智な彼等ではない。県会議員が、当選したあかつきには、百姓の利益を計ってやる、というような口上には、彼等はさんざんだまされて来た。うまい口上を並べて自分に投票させ、そ・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・その説に拠って考えると、得董または骨董には何の意味もないが、古い船引き歌のその第二句の揚州銅器多の銅器の二字が前の囃し言葉に連接しているので、骨董ということが銅器などをいうことに転じて来たことになるのである。またそれから種の古物をもいうこと・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・そのために、そこに打ち込まれることを恐れて、若しも運動が躊躇されると考えるものがいるとしたら、俺は神にかけて誓おう――「全く、のん気なところですよ。」と。 第一、俺は見覚えの盆踊りの身振りをしながら、時々独房の中で歌い出したものだ―・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・あの長い漂泊の苦痛を考えると、よく自分のようなものが斯うして今日まで生きながらえて来たと思われる位。破船――というより外に自分の生涯を譬える言葉は見当らない。それがこの山の上の港へ漂い着いて、世離れた測候所の技手をして、雲の形を眺めて暮す身・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・これを蹂躙する勇気はない。つまりぐずぐずとして一種の因襲力に引きずられて行く。これを考えると、自分らの実行生活が有している最後の筌蹄は、ただ一語、「諦め」ということに過ぎない。その諦めもほんの上っ面のもので、衷心に存する不平や疑惑を拭い去る・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・でうつ伏しになっていたが、しまいには、のどがかわいて目がくらみそうになる、そのうちに、たまたま、水見たいなものが手にさわったので、それへ口をつけて、むちゅうでぐいぐい飲んだまではおぼえているが、あとで考えると、その水気というのは、人の小便か・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
出典:青空文庫