・・・ただこの一夜を語り徹かした時の二葉亭の緊張した相貌や言語だけが今だに耳目の底に残ってる。三 食道楽と無頓着 二葉亭には道楽というものがなかった。が、もし強て求めたなら食道楽であったろう。無論食通ではなかったが、始終かなり厳ま・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 新聞は、社会の耳目を以て任じ、また、社会の人々は、そうした人達を幾分なりと救うことも善事と心得ているからです。まことにそうあることは、善いことであるに相違ない。 しかし、私は、こうした家庭があまりに都会から遠い辺土であったなら、も・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・ かるが故にわれは今なお牧場、森林、山岳を愛す、緑地の上、窮天の間、耳目の触るる所の者を愛す、これらはみなわが最純なる思想の錨、わが心わが霊及びわが徳性の乳母、導者、衛士たり。 ああわが最愛の友よ(妹ドラ嬢を指、汝今われと共にこの清・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・また鎌倉政庁の耳目を聳動させたのももとよりのことであった。 法華経を広める者には必ず三類の怨敵が起こって、「遠離於塔寺」「悪口罵言」「刀杖瓦石」の難に会うべしという予言は、そのままに現われつつあった。そして日蓮はもとよりそれを期し、法華・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 木下秀吉が明智を亡ぼし、信長の後を襲いで天下を処理した時の勢も万人の耳目を聳動したものであった。秀吉は当時こういうことをいい出した。自分は天の冥加に叶って今かく貴い身にはなったが、氏も素性もないものである、草刈りが成上ったものであるか・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
近時世界の耳目を聳動せる仏国ドレフューの大疑獄は軍政が社会人心を腐敗せしむる較著なる例証也。 見よ其裁判の曖昧なる其処分の乱暴なる、其間に起れる流説の奇怪にして醜悪なる、世人をして殆ど仏国の陸軍部内は唯だ悪人と痴漢とを・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・地上の熱度漸く下降し草木漸く萠生し那辺箇辺の流潦中若干原素の偶然相抱合して蠢々然たる肉塊を造出し、日照し風乾かし耳目啓き手足動きて茲に乃ち人類なる者の初て成立せし以来、我日本の帝室は常に現在して一回も跡を斂めたることなし。我日本の帝室は開闢・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・ これはひどく人の耳目を聳動した。尤もこれに驚かされたのは、ストロオガツセなる伯爵キルヒネツゲル家の邸の人々である。 邸あたりでは、人生一切の事物をただ二つの概念で判断している。曰く身分相応、曰く身分不相応、この二つである。ポルジイ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・名士の家族であっただけにそのニュースは郷里の狭い世界の耳目を聳動した。現代の海水浴場のように浜辺の人目が多かったら、こんな間違いはめったに起らなかったであろうと思われる。 溺死者の屍体が二、三日もたって上がると、からだ中に黄螺が附いて喰・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
「学位売買事件」というあまり目出度からぬ名前の事件が新聞社会欄の賑やかで無味な空虚の中に振り播かれた胡椒のごとく世間の耳目を刺戟した。正確な事実は審判の日を待たなければ判明しない。 学位などというものがあるからこんな騒ぎ・・・ 寺田寅彦 「学位について」
出典:青空文庫