・・・ 栗本が聞き覚えのロシア語で云った。百姓は、道のない急な山を、よじ登った。「撃てッ! 撃てッ! パルチザンを鏖にしてしまうんだ! うてッ! うたんか!」 士官は焦躁にかられだして兵士を呶鳴りつけた。「ハイ、うちます。」 ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 吉田は、聞き覚えの露西亜語で、「ネポニマーユ」と云った。 老人は、暫らく執拗な眼つきで、二人をじろ/\見つめていた。藍色の帽子をかむっている若者が、何か口をさしはさんだ。「ネポニマーユ」吉田は繰返した。「ネポニマーユ。」 ・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ふと、その声に耳をすまして考えてみると、どうも、これは聞き覚えのある声でございます。あいつでは無いかな? と思っていたら、果して、その講話のおわりにアナウンサアが、その、あいつの名前を、閣下という尊称を附して報告いたしました。老博士は、耳を・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 聞き覚えのある声である。力あまって二三歩よろめき前進してから、やっと踏みとどまり、振り向いて見ると、少年が、草原の中に全裸のままで仰向けに寝ている。私は急に憤怒を覚えて、「あぶないんだ。この川は。危険なんだ。」と、この場合あまり適・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 数日後、丸山です、とれいの舞台で聞き覚えのある特徴のある声が、玄関に聞えた。私は立って玄関に迎えた。 丸山君おひとりであった。「もうひとりのおかたは?」 丸山君は微笑して、「いや、それが、こいつなんです。」 と言っ・・・ 太宰治 「酒の追憶」
出典:青空文庫