・・・彼等は家庭に帰れば皆善良なる市井人であり、職場では猫の口が喋る如く民主主義を唱え、杓子の耳が聴く如くそれに耳を傾けている筈だが、しかし、人間を愛することを忘れて、いかなる民主主義者があろうか。 復員者に冷たく当りたがる人々の気持はむろん・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・能率増進に、職場と職場が競争した。贅沢品や、化粧品をこしらえているひまはなかった。そんなものをかえりみているどころではなかった。 寒気が裂けるように、みしみし軋る音がした。 ペーチカへ、白樺の薪を放りこんだワーシカは、窓の傍によって・・・ 黒島伝治 「国境」
全国の都市や農村から、約二十万の勤労青年たちが徴兵に取られて、兵営の門をくゞる日だ。 都市の青年たちは、これまでの職場を捨てなければならない。農村の青年たちは、鍬や鎌を捨て、窮乏と過労の底にある家に、老人と、幼い弟や妹・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・――ぼくは直ちに職場に組織を作り、キャップとなり、仕事を終えると、街で上の線と逢い、きっ茶店で、顔をこわばらせて、秘密書類を交換しました。その内、僅か四五カ月。間もなく、プロバカートル事件が起り、逃げてきて転向し、再び経済記者に返った兄の働・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・夕方、職場から帰った産業戦士たちが、その道場に立寄って、どたんばたんと稽古をしている。私は散歩の途中、その道場の窓の下に立ちどまり、背伸びしてそっと道場の内部を覗いてみる。実に壮烈なものである。私は、若い頑強の肉体を、生れてはじめて、胸の焼・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・さちよの職場は、すぐにきまった。鴎座である。そのころの鴎座は、素晴しかった。日本の知識人は、一様に、鴎座の努力を尊敬していた。一座の指導者は、尾沼栄蔵、由緒正しき貴族である。俳優も、一流の名優が競って参加し、外国の古典やら、また、日本の無名・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ソヴェト同盟がプロレタリア・農民の国であり、社会主義の社会を建設してゆき、益々富み、階級のない社会とするためには、どういう風に働かなければならないかということを理解し、実践する婦人労働者を皆が選んで、職場でのあらゆることについての相談役、世・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・ あらゆる職場、あらゆる学校の生活で、自然な協力が両性の間にもたれるべきだと思われてきた。その理解は相当行渡って来ている。けれども私たちの生活には習慣というものもあり、その習慣は、いつも進歩したものの考えかたよりはふるい。自分たちの心や・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・彼女たちの職場と個人個人の生活の雰囲気が、タフト・ハートレー法案にたいしてなんの反対も感じず、アメリカ人口の二パーセントを益するにすぎない所得税法に無関心であり、彼女たちの感情が非アメリカ委員会の活動ぶりに民主的市民としての疑問をいだいてい・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・専門学校を出て、就職するとき、職場の選びかたをてあたりばったりした方があるでしょうか。実にきょうの若い真面目な女性は、精密なプランをもって、経済をやりくり、人生をくみたててゆく努力をしています。女学校を出て専門学校へ進もうという方々は、いわ・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
出典:青空文庫