・・・夜は屋の外の物音や鉄瓶の音に聾者のような耳を澄ます。 冬至に近づいてゆく十一月の脆い陽ざしは、しかし、彼が床を出て一時間とは経たない窓の外で、どの日もどの日も消えかかってゆくのであった。翳ってしまった低地には、彼の棲んでいる家の投影さえ・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・こういう意味でわれわれはわれわれの直接の対話の相手の言葉以外にはかなりな聾者であり、また「外国人」である。しかし、電車の中で向こう側にすわった彼と彼女の対話を、ちょうどフランス発声映画に対すると同じ態度で見つつかつ聞き、そうして彼らの「ノン・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そういうわけで盲人や聾者の心理というものに多大な興味を感ずるようになった。 それでこの間この書物を某書店の棚に並んだ赤表紙の叢書の中に見附けた時は、大いに嬉しかった。早速読みかかってみるとなかなか面白い。丁度自分が知りたいと思っていたよ・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・それでその著者は聾者のための音楽が可能であろうということを論じ、また普通の健全な耳を持っている人でも、音楽を享楽するのに耳だけによるのではなくて実は触感も同時に重大な役目を勤めているのではないか、そうして、それを自覚しないでいるのではないか・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ゆえに万国の歴史を読まざるものは、聾者に劣る。第七、脩心学 人は万物の霊なり。性の善なる、もとより論をまたず。脩心学とはこの理に基き、是非曲直を分ち、礼義廉節を重んじ、これを外にすれば政府と人民との関係、これを内にすれば親子・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
出典:青空文庫