・・・』と、嬉しいともつかず、恐しいともつかず、ただぶるぶる胴震いをしながら、川魚の荷をそこへ置くなり、ぬき足にそっと忍び寄ると、采女柳につかまって、透かすように、池を窺いました。するとそのほの明い水の底に、黒金の鎖を巻いたような何とも知れない怪・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ とぶるぶると胴震いをすると、翼を開いたように肩で掻縮めた腕組を衝と解いて、一度投出すごとくばたりと落した。その手で、挫ぐばかり確と膝頭を掴んで、呼吸が切れそうな咳を続けざまにしたが、決然としてすっくと立った。「ちょっと御挨拶を申上・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・とガタガタ胴震いをしながら、躾めるように言う。「さあ、何か分らぬが、あの、雪に折れる竹のように、バシリとした声して……何と云った。 源助、宮浜の児を遣ったあとで、天窓を引抱えて、こう、風の音を忘れるように沈と考えると、ひょい、と・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・畳も急に暗くなって、客は胴震いをしたあとを呆気に取られた。 ……思えば、それも便宜ない。…… さて下りる階子段は、一曲り曲る処で、一度ぱっと明るく広くなっただけに、下を覗くとなお寂しい。壁も柱もまだ新しく、隙間とてもないのに、薄い霧・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ と言わんばかり、ひたすら私の気に入られようと上品ぶって、ぶるっと胴震いさせたり、相手の犬を、しかたのないやつだね、とさもさも憐れむように流し目で見て、そうして、私の顔色を伺い、へっへっへっと卑しい追従笑いするかのごとく、その様子のいや・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・メロスは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。「待て・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・芥川さんは胴震いをやっと奥歯でくいしめていると、そこへ出て来た主人である文人が握手した手はしんから暖く、芥川さんは部屋の寒さとくらべて大変意外だったそうです。 どうしてそんな手をしてこの火の気のない室に莞爾としていられるのかと、猶も胴ぶ・・・ 宮本百合子 「裏毛皮は無し」
・・・ 足の裏の千切れて仕舞いそうなのを堪えて探り足で廊下の曲り角まで行くと右側の無双窓の閉め忘れた所から吹き込む夜の風が切る様に私に打ちかかって、止め様としても止まらない胴震いと歯鳴りに私はウワワワワと獣の様な声を出して仕舞った。 もう・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫