・・・ 保吉 それから一週間ばかりたった後、妙子はとうとう苦しさに堪え兼ね、自殺をしようと決心するのです。が、ちょうど妊娠しているために、それを断行する勇気がありません。そこで達雄に愛されていることをすっかり夫に打ち明けるのです。もっとも夫を・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・同氏は薬罎を手に死しいたるより、自殺の疑いを生ぜしが、罎中の水薬は分析の結果、アルコオル類と判明したるよし。」 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・でないと、私ほんとうに自殺してよ。花田 誓いを立てたんだからみんな大丈夫だ。瀬古は自信をもって歩きまわる。花田は重いものをたびたび落として自分のほうに注意を促す。沢本は苦痛の表情を強めて同情をひく。青島はとも子の前にすわってじ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ 自分で自分を自殺しうる男とはどうしても信じかねながら、もし万一死ぬことができたなら……というようなことを考えて、あの森川町の下宿屋の一室で、友人の剃刀を持ってきて夜半ひそかに幾度となく胸にあててみた……ような日が二月も三月も続いた。・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ためにしばしば自殺の意を生じて、果ては家に近き百間堀という池に身を投げようとさえ決心したことがあった。しかもかくのごときはただこれ困窮の余に出でたことで、他に何等の煩悶があってでもない。この煩悶の裡に「鐘声夜半録」は成った。稿の成ると共に直・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・う息切のする女が、とても不可ません、済ないこッてすがせめてお一人だけならばと、張も意気地もなく母親の帯につかまって、別際に忍泣に泣いたのを、寝ていると思った父親が聞き取って、女が帰って明くる日も待たず自殺した。 報知を聞くと斉しく、女は・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 人が、自殺した人の苦痛を想像して見るにしても、たいていは自殺そのものの悲劇をのみ強く感ずるのであろう。しかし自殺者その人の身になったならば、われとわれを殺すその実劇よりは、自殺を覚悟するに至る以前の懊悩が、遥かに自殺そのものよりも苦し・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・民さんが気の強い人ならきっと自殺をしたのだけれど、温和しい人だけにそれも出来なかったのだ。民さんは嫁に往っても僕の心に変りはないと、せめて僕の口から一言いって死なせたかった。世の中に情ないといってこういう情ないことがあろうか。もう私も生きて・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ただ、彼は自殺してしまうということだけは思い止まりました。「そんないい温泉があって、この体が達者になれるものなら、いま死んでしまっては、なんの役にもたたない。どうかして、その温泉へいって体を強くしてこなければならない。」と、少年は思いま・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・而して、考え、感じ、味わんがための怠惰と休息を好み、あきらめ醒めたるものゝ自殺を喜ぶ。 日は暮れた。夕暮の一時は、私に、いろ/\の室の裡にさま/″\の人が、異った気持を抱いて、異ったことを考えているのであろうことを思わせた。・・・ 小川未明 「夕暮の窓より」
出典:青空文庫