・・・ さて到る処で紹介状を出すと、どこでも非常に厚く待遇する。いかに自分の勤めている銀行が大銀行だとしても、その中のいてもいなくても好い役人の受くべき待遇ではない。そこでチルナウエルは次第に小さい銀行員たることを忘れて、次第に昔話の魔法で化・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・変化の少ない周囲の地形の眺めも、到るところの黒い松林の眺めもいずれも沈鬱である。哲学の生れる国の自然にふさわしいと云った人の言葉を想い出させる。 船が着いてから小さな丘に上って行った。丘の頂には旗亭がある。その前の平地に沢山のテエブルと・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・ 此の景は池之端七軒町から茅町に到るあたりの汀から池を見たものであろう。作者は此の景を叙するに先だって作中の人物が福地桜痴の邸前を過ぎることを語っている。桜痴居士の邸は下谷茅町三丁目十六番地に在ったのだ。 当時居士は東京日日新聞の紙・・・ 永井荷風 「上野」
・・・いたずらに指を屈して白頭に到るものは、いたずらに茫々たる時に身神を限らるるを恨むに過ぎぬ。日月は欺くとも己れを欺くは智者とは云われまい。一刻に一刻を加うれば二刻と殖えるのみじゃ。蜀川十様の錦、花を添えて、いくばくの色をか変ぜん。 八畳の・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・英米が之に服従すべきであるのみならず、枢軸国も之に傚うに至るであろう。 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・その深遠な理由は、思想が人間性の苦悩の底へ、無限に深くもぐりこんで抜けないほどに根を持つて居るのと、多岐多様の複雑した命題が、至るところで相互に矛盾し、争闘し、容易に統一への理解を把握することができないこと等に関聯して居る。ニイチェほどに、・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 山があり、林があり、海は黄金色に波打っていた。到る処にがあった。どの生活も彼にとっては縁のないものであった。 彼の反抗は、未だ組織づけられていなかった。彼の眼は牢獄の壁で近視になっていた。彼が、そのまま、天国のように眺める、山や海・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・当然のことにして、又その家の貧富貴賤、その人の才不才徳不徳、その身の強弱、その容貌の醜美に至るまで、篤と吟味するは都て結婚の約束前に在り。裏に表に手を尽して吟味に吟味を重ね、双方共に是れならばと決断していよ/\結婚したる上は、家の貧乏などを・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・そうしたら受ける身も授ける身も今までのように冷かになっていないで、到る処生きた人間に逢われよう。(死は冷然として取り合わぬ様子ゆえ、主人は次第に恐を抱どうぞどうぞ思い返して見てくれい。お前は己が愛をも憎をも閲して来たように思うであろうが、己・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・国国汚す奴あらばと太刀抜て仇にもあらぬ壁に物いふ示人天皇は神にしますぞ天皇の勅としいはばかしこみまつれ 極めて安心に極めて平和なる曙覧も一たび国体の上に想い到る時は満腔の熱血を灑ぎて敬神の歌を作り・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫