・・・そして、周囲を舞うものは、あの可憐ないわつばめでなくて、人間の美しい男女らでした。きくのはあらしの唄でなく、ピアノの奏楽でした。この息詰まる空気の中で、木は、刻々に自分の生命の枯れてゆくのを感じながら、「見ぬうちは、みんながあこがれるが、お・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・そして、子供らの将来の幸福をねがうように、からたちの木のいただきを三、四へんもひらひらと舞うと、あだかもあらしに吹かれる落ち葉のように、女ちょうの姿は、青空のかなたへと消えていったのであります。 秋草の乱れた、野原にまで、女ちょうは一気・・・ 小川未明 「冬のちょう」
・・・そして、はだしで砂の上に、軽やかに踊っている姿は、ちょうど、花弁の風に舞うようであり、また、こちょうの野に飛んでいる姿のようでありました。娘は、人恥ずかしそうに低い声でうたっていました。その唄は、なんという唄であるか、あまり声が低いので聞き・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・その日、大阪は十一月末というのに珍しくちらちら粉雪が舞うていた。孫の成長とともにすっかり老いこみ耄碌していた金助が、お君に五十銭貰い、孫の手を引っぱって千日前の楽天地へ都築文男一派の新派連鎖劇を見に行った帰り、日本橋一丁目の交叉点で恵美須町・・・ 織田作之助 「雨」
・・・燈をかかげて戸外をうかがう、降雪火影にきらめきて舞う。ああ武蔵野沈黙す。しかも耳を澄ませば遠きかなたの林をわたる風の音す、はたして風声か」同十四日――「今朝大雪、葡萄棚堕ちぬ。 夜更けぬ。梢をわたる風の音遠く聞こゆ、ああこれ武蔵野の・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ど、木の間木の間よりもるる光はさまざまの花を染め出だし、涼しき風の枝より枝にわたるごとに青き光と黒き影は幾千万となき珠玉の入り乱れたらんごとく、岸に近き桜よりは幾千の胡蝶一時に梢を放れ、高く飛び、低く舞う。流れの淀むところは陰暗く、岩を回れ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・昨日降った雪がまだ残っていて高低定まらぬ茅屋根の南の軒先からは雨滴が風に吹かれて舞うて落ちている。草鞋の足痕にたまった泥水にすら寒そうな漣が立っている。日が暮れると間もなく大概の店は戸を閉めてしまった。闇い一筋町がひっそりとしてしまった。旅・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ よろよろした足許で、復た二人は舞うように出て行った。高瀬は屋外まで洋燈を持出して、暗い道を照らして見せたが、やがて家の中へ入って見ると、余計にシーンとした夜の寂寥が残った。 何となく荒れて行くような屋根の下で、その晩遅く高瀬は枕に・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・凱旋の女王の如く、誇らしげに胸を張って、ドミチウスや、おまえの世の中が来た、と叫び、ネロを抱いて裸足のまま屋外に駈け出し、花一輪無き荒磯を舞うが如く歩きまわり、それから立ちどまって永いことすすり泣いた。 アグリパイナはロオマへ帰って来て・・・ 太宰治 「古典風」
・・・春の枯葉も庭の隅で舞う。しづ、上手より退場。おしんこか何かとどけてくれると言ったが、あの工合いじゃあてにならん。さあ、めしにしようか。奥田、鍋を部屋のなかに持ち運び、障子をしめる。障子に、奥田の、立って動いて、何・・・ 太宰治 「春の枯葉」
出典:青空文庫