・・・何しろ萩寺と云えば、その頃はまだ仁王門も藁葺屋根で、『ぬれて行く人もをかしや雨の萩』と云う芭蕉翁の名高い句碑が萩の中に残っている、いかにも風雅な所でしたから、実際才子佳人の奇遇には誂え向きの舞台だったのに違いありません。しかしあの外出する時・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・……これでだいたいいい……さあみんな舞台よきところにすわれ。若夫婦はその椅子だ。なにしろ俺たちは、一人のだいじな友人を犠牲に供して飯を食わねばならぬ悲境にあるんだ。ドモ又は俺たち五人の仲間から消えてなくなるのだ。ドモ又の弟はその細君のともち・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・』『それを積み重ねて、高い、高い、無際限に高い壁を築き上げたもんだ、然も二列にだ、壁と壁との間が唯五間位しかないが、無際限に高いので、仰ぐと空が一本の銀の糸の様に見える』『五間の舞台で芝居がやれるのか?』『マア聞き給え。その青い・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・とりなりの乱れた容子が、長刀に使ったか、太刀か、刀か、舞台で立廻りをして、引込んで来たもののように見えた。 ところが、目皺を寄せ、頬を刻んで、妙に眩しそうな顔をして、「おや、師匠とおいでなすったね、おとぼけでないよ。」 とのっけ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・それに丈が高いので、役者にしたら、舞台づらがよく利くだろうと思いついた。ちょっと断わっておくが、僕はある脚本――それによって僕の進退を決する――を書くため、材料の整理をしに来ているので、少くとも女優の独りぐらいは、これを演ずる段になれば、必・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
若い蘇峰の『国民之友』が思想壇の檜舞台として今の『中央公論』や『改造』よりも重視された頃、春秋二李の特別附録は当時の大家の顔見世狂言として盛んに評判されたもんだ。その第一回は美妙の裸蝴蝶で大分前受けがしたが、第二回の『於母影』は珠玉を・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ ジャナリズムの舞台として、雑誌は新聞に近き性質のものです。机上に置いて玩味し、黙読し考うるのは、むしろ書物そのものが持つ特性でありましょう。私などどうしても、書物を読んで、それから得た知識でなければ、真に身にならない気がします。一つは・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・それで、新次が中耳炎になって一日じゅう泣いていた時など、浜子の眼から逃げ廻るようにしていた私は、氷を買いにやらされたのをいいことに、いつまでも境内の舞台に佇んでいた。すると提げていた氷が小さくなって縄から抜けて落ちた拍子に割れてしまった。驚・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ダリヤや薔薇が縁を飾っていて、舞台のように街道から築きあげられている。田舎には珍しいダリヤや薔薇だと思って眺めている人は、そこへこの家の娘が顔を出せばもう一度驚くにちがいない。グレートヘンである。評判の美人である。彼女は前庭の日なたで繭をに・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・ そこで彼は失敗やら成功やら、二十年の間に東京を中心としておもに東北地方を舞台に色んな事をやって見たが、ついに失敗に終わったと言うよりもむしろ、もはや精根の泉を涸らしてしまった。 そして故郷へ帰って来た。漂って来たのではない、実に帰・・・ 国木田独歩 「河霧」
出典:青空文庫