・・・…… この解釈の是非はともかく、半三郎は当日会社にいた時も、舞踏か何かするように絶えず跳ねまわっていたそうである。また社宅へ帰る途中も、たった三町ばかりの間に人力車を七台踏みつぶしたそうである。最後に社宅へ帰った後も、――何でも常子の話・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・の握りで、芳年の浮世絵を一つ一つさし示しながら、相不変低い声で、「殊に私などはこう云う版画を眺めていると、三四十年前のあの時代が、まだ昨日のような心もちがして、今でも新聞をひろげて見たら、鹿鳴館の舞踏会の記事が出ていそうな気がするのです・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・橄欖の花のにおいの中に大理石を畳んだ宮殿では、今やミスタア・ダグラス・フェアバンクスと森律子嬢との舞踏が、いよいよ佳境に入ろうとしているらしい。…… が、おれはお君さんの名誉のためにつけ加える。その時お君さんの描いた幻の中には、時々暗い・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・この舞踏が一斉に三組も四組もはじまる事がある。卯の花を掻乱し、萩の花を散らして狂う。……かわいいのに目がないから、春も秋も一所だが、晴の遊戯だ。もう些と、綺麗な窓掛、絨毯を飾っても遣りたいが、庭が狭いから、羽とともに散りこぼれる風情の花は沢・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 先年侯井上が薨去した時、侯の憶い出咄として新聞紙面を賑わしたのはこの鹿鳴館の舞踏会であった。殊に大臣大将が役者のように白粉を塗り鬘を着けて踊った前代未聞の仮装会は当時を驚かしたばかりじゃない。今聴いてさえも余り突拍子もなくて、初めて聞・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・これらの若い男や、女は、たがいによい声で歌い、また話し、また手を引き合って舞踏をやっていました。 その夜さよ子は、家に帰るときに考えました。どうしてあの人々は、ああして楽しく遊んでばかりいられるのだろう……と、思うと、なんとなく、不思議・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・お姉さんは、これから舞踏会においでなさるのでしょう。わたしは、おじゃまをいたしませんからどうかつれていってください。わたしは、みなさんの踊りなさるのが見たいのです……。」と、少女は頼みました。「いいえ、おまえさんをつれてゆくことなどはで・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・ だが、ピリケンの三階にある舞踏場でも休みなしに蓄音機を鳴らしていた。が、通にひとけが少いせいか、かえってひっそりと聴えた。ここにも客はなかったのである。一時間ほど前、土地の旅館の息子がぞろりとお召の着流しで来て、白い絹の襟巻をしたまま・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ 小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。そのうちに、ふとあなたの私に対するネルリのような、ひねこびた熱い強烈な愛情をずっと奥底に感じた。ちがう。ちがうと首をふったが、その、冷く装うては・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・日本画家、洋画家、彫刻家、戯曲家、舞踏家、評論家、流行歌手、作曲家、漫画家、すべて一流の人物らしい貫禄を以て、自己の名前を、こだわりなく涼しげに述べ、軽い冗談なども言い添える。私はやけくそで、突拍子ない時に大拍手をしてみたり、ろくに聞いても・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
出典:青空文庫