・・・ 私はリスポアを船出した時から、一命はあなたに奉って居ります。ですから、どんな難儀に遇っても、十字架の御威光を輝かせるためには、一歩も怯まずに進んで参りました。これは勿論私一人の、能くする所ではございません。皆天地の御主、あなたの御恵でござ・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・それはこの島へ渡るものには、門司や赤間が関を船出する時、やかましい詮議があるそうですから、髻に隠して来た御文なのです。御主人は早速燈台の光に、御消息をおひろげなさりながら、ところどころ小声に御読みになりました。「……世の中かきくらして晴・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・「こんど、遠い船出をして、帰ってきたら、結婚をしようと思っているが、だれか、約束をしてくれる女はないだろうか。」と、若者がいいました。彼女は、もとより驚きました。そして、恥ずかしさのために、ほおを赤くして、うつむいていたのであります。・・・ 小川未明 「海のまぼろし」
・・・ついに決断して青森行きの船出づるに投じ、突然此地を後になしぬ。別を訣げなば妨げ多からむを慮り、ただわずかに一書を友人に遺せるのみ。 十一日午前七時青森に着き、田中某を訪う。この行風雅のためにもあらざれば吟哦に首をひねる事もなく、追手を避・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・これらこそ安易の夢、無智の快楽、十年まえ、太陽の国、果樹の園をあこがれ求めて船出した十九の春の心にかえり、あたたかき真昼、さくらの花の吹雪を求め、泥の海、蝙蝠の巣、船橋とやらの漁師まちより髭も剃らずに出て来た男、ゆるし給え。」 痩躯、一・・・ 太宰治 「喝采」
・・・私たちは、近代の科学で設計され、動的で、快活で、真情に富んだ雄々しい明日の船出を準備しなければならないのだと思う。〔一九四〇年二月〕 宮本百合子 「新しい船出」
・・・クリスチナは夫が二人で住もうと云った崖の上の家へ住むために船出するところで終り。ガルボは、いい女優の特長として幅があるし、流動的だし、含蓄があるし、私は好きな女ですが、この平凡で謂わばセンチメンタルな映画を見て、私はどっち道不幸なめぐり合わ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・この船出は、地理上の旅行であるばかりでなく、フランス中産階級の生活の中でも特別な生い立ちをもったジイドにとっては全く幼年時代からの訣別であった。アフリカという未知の地方への出発は、ジイドにとってはとりも直さず未知な生活、未知な自己の個性、未・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・しかしながら、遽しく船出して見れば、境遇上故郷に走せる思いはおのずから複雑であったのであろう。 書簡註。アフリカ海岸と飛島点々。父のペン画なり。 書簡註。左肩にスエズ運河を船が通過するところ右下に・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・婦人民主クラブは果しない未来をもって、幾千万の日本婦人の善意の海の上に船出いたします。 宮本百合子 「婦人民主クラブ趣意書」
出典:青空文庫