・・・しかしその女の人はなによりも色濃い島の雰囲気を持って来た。僕たちはいつも強い好奇心で、その人の謙遜な身なりを嗅ぎ、その人の謙遜な話に聞き惚れた。しかしそんなに思っていても僕達は一度も島へ行ったことがなかった。ある年の夏その島の一つに赤痢が流・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・ 恋には色濃い感覚と肉体と情緒とがなくてはならぬ。それは日本の娘の特色である。この点あの歌舞伎芝居に出る娘の伝統を失ってはならぬ。シックな、活動的な洋装の下にも決してこの伝統の保存と再現とを忘れるな、かわいた、平板な、冷たい石婦のような・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・独歩はブルジョア的であるが、蘆花は封建的色彩がより色濃い。蘆花自身人道主義者で、クリスチャンだったが、東郷大将や乃木大将を崇拝していた。「不如帰」には、日清戦争が背景となっている。そして、多くの上級の軍人が描かれている。黄海の海戦の描写・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・、客観的に現実を描こうとしていても、それは、描かれたものがそのものの独自性で作品の現実関係の中に立ち現れて来て、そこに錯綜した交渉を生じ、発展させてゆくような性質ではなく、情景も人物も、そのものとして色濃いながらいかにもそれはゴーリキイ風な・・・ 宮本百合子 「長篇作家としてのマクシム・ゴーリキイ」
・・・ザックが、仰々しい貴族まがいの身なりに伊達者ぶって、例のトルコ玉を鏤めた杖をつきつつ、ダブランテス公夫人やカストリィ公夫人の後から得意気にオペラの棧敷へなど現れた光景は、今日の我々の想像においても相当色濃い諷刺画である。ましてや同時代人の目・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ ところが事件の十五日夜アリバイがはっきりしているために「やや焦燥の色濃い東京地検堀検事正、馬場次席検事は」「教唆罪もあり得る」と語っている。検事のこの言葉は「あり得る」あらゆる罪名をもって飯田、山本両氏を犯人にしようとしているような感・・・ 宮本百合子 「犯人」
・・・ましてや祖母の昔話の中では正確な年代も消えて、僅にのこった色濃いところどころが、思い出話のよすがとなっているにすぎなかったのである。〔一九三九年七月〕 宮本百合子 「明治のランプ」
出典:青空文庫