・・・そこへも緑は影を映して、美しく洗われた花崗岩の畳石の上を、また女の人の素足の上を水は豊かに流れる。 羨ましい、素晴しく幸福そうな眺めだった。涼しそうな緑の衝立の蔭。確かに清冽で豊かな水。なんとなく魅せられた感じであった。きょ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 落ちる時手を放して、僕は左を下に倒れて、左の手の甲を花崗岩で擦りむいた。立ち上がって見ると、彼は僕の前に立っている。 僕には此時始めて攻勢を取ろうという考が出た。併し既に晩かった。 座敷の客は過半庭に降りて来て、別々に彼と僕と・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ドクトル、ベエアマンはここで花崗岩の破れ目の出来方について講釈をして聞かせた。 あらかた葉をふるったぶなの森の中を霧にしめった落葉を踏みしめて歩いた。からだの弱そうなフロイラインWは重いリュクサックの紐に両手をかけて俯向きがちに私の前を・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・ 絵でも描くような心持がさっぱりなくなってしまったので、総持寺見物のつもりで奥へはいって行った。花崗岩の板を贅沢に張りつめたゆるい傾斜を上りつめると、突きあたりに摺鉢のような池の岸に出た。そこに新聞縦覧所という札のかかった妙な家がある。・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・たとえば風化せる花崗岩ばかりの山と、浸蝕のまだ若い古生層の山とでは山の形態のちがう上にそれを飾る植物社会に著しい相違が目立つようである。火山のすそ野でも、土地が灰砂でおおわれているか、熔岩を露出しているかによってまた噴出年代の新旧によっても・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・そのときにいつも目の前の夕やみの庭のまん中に薄白く見えていたのがこの長方形の花崗岩の飛び石であった。 ことにありあり思い出されるのは同じ縁側に黙って腰をかけていた、当時はまだうら若い浴衣姿の、今はとくの昔になき妻の事どもである。 飛・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・ 糞、小便は、長さ五寸、幅二寸五分位の穴から、巌丈な花崗岩を透して、おかわに垂れる。 監獄で私達を保護するものは、私達を放り込んだ人間以外にはないんだ。そこの様子はトルコの宮廷以上だ。 私の入ってる間に、一人首を吊って死んだ。・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・しばらくやすんでから、こんどはみんなで先生について川の北の花崗岩だの三紀の泥岩だのまではいった込んだ地質や土性のところを教わってあるいた。図は次の月曜までに清書して出すことにした。ぼくはあの図を出して先生に直してもらったら次の日曜に高橋・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・みちをあるいて黄金いろの雲母のかけらがだんだんたくさん出て来ればだんだん花崗岩に近づいたなと思うのだ。ほんのまぐれあたりでもあんまり度々になるととうとうそれがほんとになる。きっと私はもう一度この高原で天の世界私はひとりで斯う思いながらそのま・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・学士は咽喉をこくっと鳴らし中に入って行きながら三角の石かけを一つ拾い「ふん、ここも角閃花崗岩」とつぶやきながらつくづくとあたりを見れば石切場、石切りたちも帰ったらしく小さな笹の小屋が一つ淋しく隅にあるだけ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫