・・・島原や祇園の花見の宴も、苦肉の計に耽っている彼には、苦しかったのに相違ない。……「承れば、その頃京都では、大石かるくて張抜石などと申す唄も、流行りました由を聞き及びました。それほどまでに、天下を欺き了せるのは、よくよくの事でなければ出来・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ その癖、妙な事は、いま頃の日の暮方は、その名所の山へ、絡繹として、花見、遊山に出掛けるのが、この前通りの、優しい大川の小橋を渡って、ぞろぞろと帰って来る、男は膚脱ぎになって、手をぐたりとのめり、女が媚かしい友染の褄端折で、啣楊枝をした・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・……今年はじめて花見に出たら、寺の和尚に抱きとめられて、高い縁から突落されて、笄落し、小枕落し…… 古寺の光景は、異様な衝動で渠を打った。 普通、草双紙なり、読本なり、現代一種の伝奇においても、かかる場合には、たまた・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・それでいて、腰の矢立はここのも同じだが、紺の鯉口に、仲仕とかのするような広い前掛を捲いて、お花見手拭のように新しいのを頸に掛けた処なぞは、お国がら、まことに大どかなものだったよ。」「陽気ね、それは。……でも、ここは近頃の新開ですもの。お・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・……これからがお花見酒だ。……お旦那、軒の八重桜は、三本揃って、……樹は若えがよく咲きました。満開だ。――一軒の門にこのくらい咲いた家は修善寺中に見当らねえだよ。――これを視めるのは無銭だ。酒は高価え、いや、しかし、見事だ。ああ、うめえ。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・(四辺ちょいとお花見をして行きましょうよ。……誰も居ない。腰を掛けて、よ。慥にここと見覚えの門の扉に立寄れば、お蔦 感心でしょう。私も素人になったわね。風に鳴子の音高く、時に、ようようと蔭にて二三人、ハタハタと拍手の音。・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・「おとよさん、これ見たえま、おとよさんてば、このきれいな花見たえま」 お千代は花さえ見れば、そこに立ち留って面白がる。そうしてはおとよさん見たえまを繰り返す。元が暢気な生れで、まだ苦労ということを味わわないお千代は、おとよをせっかく・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ほんとに娘をもつ親の習いで、化物ばなしの話の本の中にある赤坊の頭をかじって居るような顔をした娘でも花見だの紅葉見なんかのまっさきに立ててつきうすの歩くような後から黒骨の扇であおぎながら行くのは可愛いいのを通りすぎておかしいほどだ。それだのに・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・中々面白い。花見の夢の場、奴の槍踊の処は坪内君でなくてアレほど面白く書くものは外にあるまい。が、今日坪内君はこれを傑作とも思うまいし、また坪内君の劇における功労は何百年来封鎖して余人の近づくを許さなかったランド・オブ・シバイの関門を開いたの・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・忘れもしねえが、何でもあれは清元の師匠の花見の時だっけ、飛鳥山の茶店で多勢芸者や落語家を連れた一巻と落ち合って、向うがからかい半分に無理強いした酒に、お前は恐ろしく酔ってしまって、それでも負けん気で『江戸桜』か何か唄って皆をアッと言わせた、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫