・・・という中性の流し芸人が流しに来て、青柳を賑やかに弾いて行ったり、景気がよかった。その代り、土地柄が悪く、性質の良くない酒呑み同志が喧嘩をはじめたりして、柳吉はハラハラしたが、蝶子は昔とった杵柄で、そんな客をうまくさばくのに別に秋波をつかった・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・黒い風呂敷包を胸にしっかり抱きかかえて、そのお荷物の中には薬品も包まれて在るのだが、頭をあちこち動かして舞台の芸人の有様を見ようとあせっているかず枝も、ときたまふっと振りかえって嘉七の姿を捜し求めた。ちらと互いの視線が合っても、べつだん、ふ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・羽織は、それを着ると芸人じみるので、惜しかったけれど、着用しなかった。会の翌日、私はその品物全部を質屋へ持って行った。そうして、とうとう流してしまったのである。 この会には、中畑さんと北さんにも是非出席なさるようにすすめたのだが、お二人・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・あなたというお人は、根からの芸人ではあるまい。なにかしら自信ありげの態度じゃないか。いずれは、ゆいしょ正しき煙管屋の若旦那。三代つづいた鰹節問屋の末っ子。ちがいますか? くだんの新内、薄化粧の小さな顔をにゅっと近よせ、あたりはばかるひそひそ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・サアカスの綱渡りの映画だったが、芸人が芸人に扮すると、うまいね。どんな下手な役者でも、芸人に扮すると、うめえ味を出しやがる。根が、芸人なのだからね。芸人の悲しさが、無意識のうちに、にじみ出るのだね。」 恋人同士の話題は、やはり映画に限る・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・こういう芸術を徳川時代の民間の卑賤な芸人どもはちゃんと心得ていたわけである。 生まれてはじめて見た人形芝居一夕のアドヴェンチュアのあとでのこれらの感想のくどくどしい言葉は、結局十歳の亀さんや、試写会における児童の端的で明晰なリマークに及・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・と同じく芸人フレッド・アステーアとジンジャー・ロジャースとの舞踊を主題とする音楽的喜劇である。はなはだたわいのないものである。これを見ていたとき、私のすぐ右側の席にいた四十男がずっと居眠りをつづけて、なんべんとなくその汗臭い頭を私の右肩にぶ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・朝食後甲板で読書していたら眠くなったので室へおりて寝ようとすると、食堂でだれかがソプラノでのべつに唱歌をやっている。芸人だとかいうオランダ人の一行らしい。この声が耳についてなかなか寝られなかった。それで昼食後に少し寝たいと思うと、今度はまた・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ことにも生えぎわが綺麗で、曇のない黒目がちの目が、春の宵の星のように和らかに澄んでいた。芸人風の髪が、やや長味のある顔によく似あっていた。 お絹は著ものを著かえる前に、棚から弁当を取りだして、昨夜から註文をしておいた、少しばかりの御馳走・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・わたくしは仲の町の芸人にはあまり知合いがないが、察するところ、この土地にはその名を知られた師匠株の幇間であろうと思った。 この男は見て見ぬように踊子たちの姿と、物食う様子とを、楽し気に見やりながら静かに手酌の盃を傾けていた。踊子の洋装と・・・ 永井荷風 「草紅葉」
出典:青空文庫