・・・その人生における職分が政治、科学、実業、芸術のいずれの方面に向かおうとも、彼の伝記が書かれるときには、あのワシントンのそれのように、小学校の教科書には「彼は偉大にして、善き人間なりき」と書かれるようにありたいものである。自分如きも、青春期、・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・それは、「土の芸術」とか「農村の文化」とか、農村を都市に対立させて、農民は、農民独自の力によって解放され得るが如く考えている無政府主義的な単農主義者等の立場とは、最初の出発からその方向を異にしていた。農民生活を題材としても、その文学のねらう・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・も二も無く若崎の細君の云う通りになってくれたのでもあろうが、一つには平常同じような身分の出というところからごくごく両家が心安くし合い、また一つには若崎が多くは常に中村の原型によってこれを鋳ることをする芸術上の兄弟分のような関係から、自然と離・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・文学・芸術などにいたっても、不朽の傑作といわれるものは、その作家が老熟ののちよりも、かえってまだ大いに名をなしていない時代に多いのである。革命運動などのような、もっとも熱烈な信念と意気と大胆と精力とを要するの事業は、ことに少壮の士に待たねば・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・おそらくどんな芸術家でも花の純粋を訳出することは不可能だと言って見せたロダンのような人もあるが、その言葉に籠る真実も思い当る。朝顔を秋草というは、いつの頃から誰の言い出したことかは知らないが、梅雨あけから秋風までも味わせて呉れるこんな花もめ・・・ 島崎藤村 「秋草」
一 私は今ここに自分の最近両三年にわたった芸術論を総括し、思想に一段落をつけようとするにあたって、これに人生観論を裏づけする必要を感じた。 けれども人生観論とは畢竟何であろう。人生の中枢意義は言うまでもなく実行である。人生観・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ 飛行機ハ、秋ガ一バンイイノデスヨ。 これもなんだか意味がよくわからぬが、秋の会話を盗み聞きして、そのまま書きとめて置いたものらしい。 また、こんなのも、ある。 芸術家ハ、イツモ、弱者ノ友デアッタ筈ナノニ。 ちっとも秋に・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・その時に私達は「この顔は夢を見る芸術家の顔だ」というような事を話し合った。ところがこの英国の新聞記者も同じような事を云っているのを見ると、この印象はいくらか共通なものかもしれない。実際彼のような破天荒の仕事は、「夢」を見ない種類の人には思い・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・辰之助はそう言って爪先に埃のついた白足袋を脱いでいたが、彼も東京で修業したある種類の芸術家なので、この町の多くの人がもっているようなお茶の趣味はもっていた。骨董品――ことに古陶器などには優れた鑑賞眼もあって、何を見せても時代と工人とをよく見・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・それはきよらかで、芸術的でさえある気がしていた。ディーツゲンのようにえらくはないにしても、地方にいて、何の誰べぇとも知られず、生涯をささげるということは美くしい気がした。そしてこの竹びしゃく作りなら、熊本の警察がいくら朝晩にやってこようと、・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫