・・・我儘過るとお清から苦情の出る場合もあったが、何しろお徳はお家大事と一生懸命なのだから結極はお徳の勝利に帰するのであった。 生垣一つ隔てて物置同然の小屋があった。それに植木屋夫婦が暮している。亭主が二十七八で、女房はお徳と同年輩位、そして・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・人が、村にやって来て、三人の女綱渡りすべて、祖父が頬被りとったら、その顔に見とれて、傘かた手に、はっと掛声かけて、また祖父を見おろし、するする渡りかけては、すとんすとんと墜落するので、一座のかしらから苦情が出て、はては村中の大けんかになった・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・と大声に苦情を叫びながら、彼はゼウスの玉座の前に身を投げた。「勝手に夢の国で、ぐずぐずしていて、」と神はさえぎった。「何も俺を怨むわけがない。お前は一体何処にいたのだ。皆が地球を分け合っているとき。」詩人は答えた。「私は、あなたのお傍に。目・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・ おそらく十年の前から年々にこんな苦情を繰返していたのであるが、つい最近になってふとこの苦情を一掃するような一つの方法を発明した。発明と云っても、それは多くの人には発明でもなんでもない平凡至極なことであるが、しかし自分にとっては実に重大・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・というのは、昔からの国の習俗で、この日の神聖な早乙女に近よってからかったりする者は彼女達の包囲を受けて頭から着物から泥を塗られ浴びせられても決して苦情はいわれないことになっていたのである。 そういう恐ろしい刑罰の危険を冒して彼女らを「テ・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・書いてある事に間違いがなければ、苦情の言いようはない。 こういう間違いの心理のもう少し複雑なものを巧みに利用したと思われるのが新聞記事の中で時々見つかる。 たとえば、ある学者が一株の椿の花の日々に落ちる数を記録して、その数の日々の変・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・といったようなはなはだやるせのない苦情を言っているらしい。給仕頭と見える若い白服の男がやって来て小声で何か弁解している。老人はまた「ほかの客にはタオルを持って来るのに、わしには持って来んじゃないか」とも言っているようである。 これが二十・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・卒業してからはペンとインキとそれから月給の足らないのと婆さんの苦情でやはり死ぬと云う事を考える暇がなかった。人間は死ぬ者だとはいかに呑気な余でも承知しておったに相違ないが、実際余も死ぬものだと感じたのは今夜が生れて以来始めてである。夜と云う・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・けれども先生の性質が如何にも淡泊で丁寧で、立派な英国風の紳士と極端なボヘミアニズムを合併したような特殊の人格を具えているのに敬服して教授上の苦情をいうものは一人もなかった。 先生の白襯衣を着た所は滅多に見る事が出来なかった。大抵は鼠色の・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ 農民は駐在所へ苦情を持ち込んだ。駐在所は会社の事務所に注意した。会社員は組員へ注意した。組員は名義人に注意した。名義人は下請に文句を言った。 下請は世話役に文句を云った。世話役が坑夫に、「もっと調子よくやれよ。八釜しくて仕様が・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
出典:青空文庫