・・・この先生はたいていいつも少し茶色がかった背広の洋服に金縁眼鏡で、そうしてまだ若いのに森有礼かリンカーンのような髯を生やしていたような気がする。とにかくそれまでにかかった他の御医者様の概念とはよほどちがった近代的な西洋人風な感じのする国手であ・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・浅草という土地がら、大道具という職業がらには似もつかず、物事が手荒でなく、口のききようも至極穏かであったので、舞台の仕事がすんで、黒い仕事着を渋い好みの着物に着かえ、夏は鼠色の半コート、冬は角袖茶色のコートを襲ねたりすると、実直な商人としか・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・三つの煙りが蓋の上に塊まって茶色の球が出来ると思うと、雨を帯びた風が颯と来て吹き散らす。塊まらぬ間に吹かるるときには三つの煙りが三つの輪を描いて、黒塗に蒔絵を散らした筒の周囲を遶る。あるものは緩く、あるものは疾く遶る。またある時は輪さえ描く・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・「それから垣根の朝顔が、茶色に枯れて、引っ張るとがらがら鳴る時分、白い靄が一面に降りて、町の外れの瓦斯灯に灯がちらちらすると思うとまた鉦が鳴る。かんかん竹の奥で冴えて鳴る。それから門前の豆腐屋がこの鉦を合図に、腰障子をはめる」「門前・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・木道具や窓の龕が茶色にくすんで見えるのに、幼穉な現代式が施してあるので、異様な感じがする。一方に白塗のピアノが据え附けてあって、その傍に Liberty の薄絹を張った硝子戸がある。隣の室に通じているのであろう。随分無趣味な装飾ではあるが、・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・梨は皮の色の茶色がかっている方が甘味が多くて、やや青みを帯びている方は汁が多く酸味が多い。皮の斑点の大きなのはきめの荒いことを証し、斑点の細かいのはきめの細かいことを証しておる。蜜柑は皮の厚いのに酸味が多くて皮の薄いのに甘味が多い。貯えた蜜・・・ 正岡子規 「くだもの」
今は兎たちは、みんなみじかい茶色の着物です。 野原の草はきらきら光り、あちこちの樺の木は白い花をつけました。 実に野原はいいにおいでいっぱいです。 子兎のホモイは、悦んでぴんぴん踊りながら申しました。 「ふん、いいにお・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・全くあたりがみんなくらくらして、茶色に見えてしまったのです。「ヨウイト、ヨウイト、ヨウイト、ヨウイトショ。」 とのさまがえるは又四へんばかり足をふんばりましたが、おしまいの時は足がキクッと鳴ってくにゃりと曲ってしまいました。あまがえ・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ 大理石の卓子の上に肱をついて、献立を書いた茶色の紙を挾んである金具を独楽のように廻していた忠一が、「何平気さ、うんと仕込んどきゃ、あと水一杯ですむよ」 廻すのを止め、一ヵ所を指さした。「なあに」 覗いて見て、陽子は笑い・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・などの合本になった、水泡集と云ったと思うエビ茶色のローズの厚い本。『太陽』の増刊号。これらの雑誌や本は、はじめさし絵から、子供であったわたしの生活に入って来ている。くりかえし、くりかえしさし絵を見て、これ何の絵? というようなことを母にきい・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
出典:青空文庫