・・・ 少時の後茶店を出て来しなに、巻煙草を耳に挟んだ男は、トロッコの側にいる良平に新聞紙に包んだ駄菓子をくれた。良平は冷淡に「難有う」と云った。が、直に冷淡にしては、相手にすまないと思い直した。彼はその冷淡さを取り繕うように、包み菓子の一つ・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・「誰だ?」「わたくしの家内であります。」「面会に来たときに持って来たのか?」「はい。」 A中尉は何か心の中に微笑しずにはいられなかった。「何に入れて持って来たか?」「菓子折に入れて持って来ました。」「お前の家・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・ さそくに後を犇と閉め、立花は掌に据えて、瞳を寄せると、軽く捻った懐紙、二隅へはたりと解けて、三ツ美く包んだのは、菓子である。 と見ると、白と紅なり。「はてな。」 立花は思わず、膝をついて、天井を仰いだが、板か、壁か明かなら・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ と面くらった身のまわり、はだかった懐中から、ずり落ちそうな菓子袋を、その時縁へ差置くと、鉄砲玉が、からからから。「号外、号外ッ、」と慌しく這身で追掛けて平手で横ざまにポンと払くと、ころりとかえるのを、こっちからも一ツ払いて、くるり・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 三人が菓子をもらいに来る、お児がいちばん無遠慮にやってくる。「おんちゃん、おんちゃん、かちあるかい、かち、奈子ちゃんがかちだって」 続いて奈々子が走り込む。「おっちゃんあっこ、おっちゃんあっこ、はんぶんはんぶん」 とい・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・百里遠来同好の友を訪ねて、早く退屈を感じたる予は、余りの手持無沙汰に、袂を探って好きもせぬ巻煙草に火をつけた。菓子か何か持って出てきた岡村は、「近頃君も煙草をやるのか、君は煙草をやらぬ様に思っていた」「ウンやるんじゃない板面なのさ。・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ その様子が可哀そうにもならないではないが、僕は友人とともに、出て来た菓子を喰いながら、誇りがおに、昨夜から今朝にかけての滑稽の居残り事件をうち明けた。礼を踏まない渡瀬一家のことは、もう、忘れているということをそれとなく知らせたかったの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・鮨や麺麭や菓子や煎餅が間断なしに持込まれて、代る/″\に箱が開いたかと思うと咄嗟に空になった了った。 誰一人沈としているものは無い。腰を掛けたかと思うと立つ。甲に話しているかと思うと何時の間にか乙と談じている。一つ咄が多勢に取繰返し引繰・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・すると、まもなく、幾百となく、飴チョコのはいっている大きな箱は、その町の菓子屋へ運ばれていったのであります。 空が、曇っていたせいもありますが、町の中は、日が暮れてからは、あまり人通りもありませんでした。天使は、こんなさびしい町の中で、・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・『働かざるものは食うべからず』『彼等麺麭を得る能わざるに、菓子を食うは罪悪なり』これ等の語は、ソヴィエットの標語の如く知られているが、よく、其心持は分るというばかりでなく、身に染みるような気がします。 が、なぜであるか。あまりに人間・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
出典:青空文庫