・・・ところが桜が咲く時分になるとこの血液がからだの外郭と末梢のほうへ出払ってしまって、急に頭の中が萎縮してしまうような気がする。実際脳の灰白質を養う血管の中の圧力がどれだけ減るのかあるいは増すのかわからないが、ともかくもそんな気がする。そうして・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・然るに女大学は古来女子社会の宝書と崇められ、一般の教育に用いて女子を警しむるのみならず、女子が此教に従て萎縮すればするほど男子の為めに便利なるゆえ、男子の方が却て女大学の趣意を唱えて以て自身の我儘を恣にせんとするもの多し。或る地方の好色男子・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・嫉妬云々の俗評を憚りて萎縮するが如き婦人畢生の恥辱と言う可し。一 偕老同穴は夫婦の約束なれども、如何せん老少不定は天の命ずる所にして、偕老果して偕老ならずして夫の早く世を去ることあり。斯る不幸に際して跡に遺る婦人の年齢が四十五十にも達し・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・を、かの世間の醜行男子が、社会の陰処に独り醜を恣にするにあらざれば同類一場の交際を開き、豪遊と名づけ愉快と称し、沈湎冒色勝手次第に飛揚して得々たるも、不幸にして君子の耳目に触るるときは、疵持つ身の忽ち萎縮して顔色を失い、人の後に瞠若として卑・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・そのあまりの無法さは、直接その刃の下におかれた人々の正気を狂わせたし、その光景全般の恐ろしさから、すべての知識人、勤労者、農民の精神と判断と発言とを萎縮させた。徳川時代のとおり、ご無理ごもっともと、ばつを合わせつつ、今日私たちの面している物・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・Bはよく説明してもらいましたが、脳炎などの後、本当に失明してしまうのは、視神経が萎縮してしまうので、眼底をみれば神経の束が眼球に入ってきているところに細い血管が集っていて、それが独特なカーブを書いてそのカーブの深さで視神経が萎縮して低くなっ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・旧来の戦争は文化の面を外見上からも萎縮させたが、今日ではそれが近代性において高度化して、戦争とともに一部に成金が生じる現象は、文化の分野にも見られるようになった。永年の窮迫と不遇から時局によって世間的に一躍し、温泉へ行って忙しい忙しいと小説・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・の作家が政治経済の活動への参加から切り離されていると同時に被動的な社会的立場に置かれて来た大衆の日常ともその知性によって切り離され、次第に芸術の内容を非社会的な、主観と理念と弱小な自我の輾転反側の中に萎縮させて来たことは、見易い現実の推移で・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・謂わばそれらの賞によって文学を産む素地の萎縮を救い得るかのように考えた既成作家の文学観が問わるべきであろう。社会の現実の内で所謂知識階級と民衆との生活の游離が純文学を孤立化せしめた動機であることに疑ないのである。 ヒューマニズムの問題に・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・日本の現代文学の苦痛は、こんなに急なテムポで世界の歴史は前進しているのに、戦争中萎縮させられた人間性とその創造力がそれにふさわしい強壮な恢復をおくらしていることであると思う。「歌声よ、おこれ」以下、この本の前半にあつめられた評論は、それ・・・ 宮本百合子 「序(『歌声よ、おこれ』)」
出典:青空文庫