・・・その日の糧の不安さに、はじめはただ町や辻をうろついて廻ったが、落穂のないのは知れているのに、跫音にも、けたたましく驚かさるるのは、草の鶉よりもなお果敢ない。 詮方なさに信心をはじめた。世に人にたすけのない時、源氏も平家も、取縋るのは神仏・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・お前様、曾祖父様や、祖父様の背戸畑で、落穂を拾った事もあんべい。――鼠棚捜いて麦こがしでも進ぜますだ。」 ともなわれて庫裡に居る――奥州片原の土地の名も、この荒寺では、鼠棚がふさわしい。いたずらものが勝手に出入りをしそうな虫くい棚の上に・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・稲の下にも薄の中にも、細流の囁くように、ちちろ、ちちろと声がして、その鳴く音の高低に、静まった草もみじが、そこらの刈あとにこぼれた粟の落穂とともに、風のないのに軽く動いた。 麓を見ると、塵焼場だという、煙突が、豚の鼻面のように低く仰向い・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・ そういう意味で『鋲』『文芸街』の作品、『主潮』の詩「落穂ひろい」小説「中農の伜」「違反」「雑草」など、作品としてはいろいろの未熟さその他の問題をふくんでいるとしても、作品が生活から遊離していない点でやはり読者の心をひくものをもっている・・・ 宮本百合子 「新年号の『文学評論』その他」
出典:青空文庫