・・・彼等は皆孟子の著書は、我々の怒に触れ易いために、それを積んだ船があれば、必ず覆ると信じています。科戸の神はまだ一度も、そんな悪戯はしていません。が、そう云う信仰の中にも、この国に住んでいる我々の力は、朧げながら感じられる筈です。あなたはそう・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・第二にある出版書肆は今しがた受取った手紙の中に一冊五十銭の彼の著書の五百部の印税を封入してよこした。第三に――最も意外だったのはこの事件である。第三に下宿は晩飯の膳に塩焼の鮎を一尾つけた! 初夏の夕明りは軒先に垂れた葉桜の枝に漂っている・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・と云う意味はダアウインの著書を信じていると云うことである。つまり書物を信ずることは今人も古人も変りはない。その上古人は少くとも創世記に目を曝らしていた。今人は少数の専門家を除き、ダアウインの著書も読まぬ癖に、恬然とその説を信じている。猿を先・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・彼が詩人としての自覚を得たのは、エマソンの著書を読んだのが与って力があると彼自身でいっている。同時に彼は、「私はエマソンを読んで、詩人になったのではない。私は始めから詩人だった。私は始めから煮えていたが、エマソンによって沸きこぼれたまでの話・・・ 有島武郎 「想片」
・・・ 三予はこう思ったことがある、茶人は愚人だ、其証拠には素人にロクな著述がない、茶人の作った書物に殆ど見るべきものがない、殊に名のある茶人には著書というもの一冊もない、であるから茶人というものは愚人である、茶は面白いが茶・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・右眼が明を失ったのは九輯に差掛った頃からであるが、馬琴は著書の楮余に私事を洩らす事が少なくないに拘わらず、一眼だけを不自由した初期は愚か両眼共に視力を失ってしまってからも眼の事は一言もいわなかった。作者の私生活と交渉のなかった単なる読者は最・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 先年侯井上が薨去した時、当年の弾劾者たる学堂法相の著書『経世偉勲』が再刊されたのは皮肉であった。『経世偉勲』の発行されたのはあたかも侯井上の欧化政策時代であって、その頃学堂はジスレリーに私淑しているという評判だった。が、政治家としての・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・学海翁は硬軟兼備のその頃での大宗師であったから、門に伺候して著書の序文を請うものが引きも切らず、一々応接する遑あらざる面倒臭さに、ワシが序文を書いたからッて君の作は光りゃアしない、君の作が傑作ならワシの序文なぞはなくとも光ると、味も素気もな・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・よく、こうした例は、屡々青年時代にあったことで、丸善の店頭などで、日頃名をきいている欧米の作家や、批判家の最新の著書を見出すと、これを読めば、明日からでも、自分の見識が変るような気がして、それでなくてさえ、何をか常に追うている時代であったら・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・発売禁止になった私の著書の題は「青春の逆説」だった。「まアね、僕らはあんた達左翼の思想運動に失敗したあとで、高等学校へはいったでしょう。左翼の人は僕らの眼の前で転向して、ひどいのは右翼になってしまったね。しかし僕らはもう左翼にも右翼にも・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫