・・・一つは、作者の日々の感情に犇めいているさまざまの苦しさ、矛盾葛藤を、二十五歳の作者の力量では、人間的にも把掴しきれず、まして文学の作品としてそれを客観的に再現することは不可能であった。その結果、古代ペルシアの物語に飛躍して取材された。作者の・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・妻として苦境に堪えて行く顔は充実して表現されるが、もっと内部的に複雑な葛藤を物語る際になると、顔は非常に消極的な役割しか演じなくなる。「裸の町」についていえば夫の留守債鬼に囲まれながら孤城のような店に立てこもっている妻の顔つきは全く内部の感・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・良人に愛され、母に愛され、その地上的愛の葛藤に苦しむよりは、相方が或強制を以て、人生を眺める方が、人格が深まるのかもしれないと云うような、稍々利己的な積極的解釈さえ加えて居たのである。 けれども、近頃、自分の心は、林町のことを思うと、暗・・・ 宮本百合子 「傾く日」
・・・と云われたことは、社会主義リアリズムへ展開して、もとよりその核心に立つ労働者階級の文学の主導性を意味しているのであるが、前衛の眼の多角性と高度な視力は、英雄的ならざる現実、その矛盾、葛藤の底へまで浸透して、そこに歴史がすすみ人間性がより花開・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ 私たちの耳目が満州・支那に向けられ、又ポーランドに向けられている今日の生活感情は、破壊と建設と葛藤との世界的な規模のなかで、沈着にその落着かなさに当面し、自分たちの結婚をもただ数の上での一単位としてばかり見ず、明日に向ってよりましな社・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・それは男性なれば極端な性欲或いは愛の葛藤も書け、そしてそれが批判される場合も、女性によって書かれたもの程つまらない好奇心を起させますまい。勿論、芸術品に対してそんな下劣な観賞者の言葉を気にする必要はないわけですが、この懸念が実際に女の心の中・・・ 宮本百合子 「今日の女流作家と時代との交渉を論ず」
・・・都会の安逸な有閑者の生活に生じてくる恋愛中心の波瀾、それをめぐっての有閑者流な人情の葛藤の面白さにすぎない。勤労大衆の文学は、その内容も表現も勤労者の生活に即したものでなければならないという理解に立っていたのであった。 純文学はこの時代・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
・・・そんな葛藤なら、僕はもう疾っくに解決してしまっている。僕は画かきになる時、親爺が見限ってしまって、現に高等遊民として取扱っているのだ。君は歴史家になると云うのをお父うさんが喜んで承知した。そこで大学も卒業した。洋行も僕のように無理をしないで・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・自己を真実に活かすための種々の葛藤。自己の価値と運命とについての信念、情熱、不安。個性の最上位を信じながら社会的勢力との妥協を全然捨離し得ない苦悶。愛の心と個性を重んずる心との争い。個性と愛とを大きくするための主我欲との苦闘。主我欲を征服し・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
・・・一〇 恋愛と正義の葛藤、利己主義による恋愛の悲劇なども、先生が熱心に押しつめて行った問題であった。ここに先生の人生に対する厭世的な気分が現われている。恋愛は人生の中核をなすものであるが、しかしそれは正しく生きることと抵触しは・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫