・・・が、いかな事にも、心を鬼に、爪を鷲に、狼の牙を噛鳴らしても、森で丑の時参詣なればまだしも、あらたかな拝殿で、巫女の美女を虐殺しにするようで、笑靨に指も触れないで、冷汗を流しました。…… それから悩乱。 因果と思切れません……が、・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・が、同時に入露以前から二、三の露国革命党員とも交際して渠らの苦辛や心事に相応の理解を持っていても、双手を挙げて渠らの革命の成功を祝するにはまた余りに多く渠らの陰謀史や虐殺史を知り過ぎていた。 二葉亭の頭は根が治国平天下の治者思想で叩き上・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・白軍の頭領のカルムイコフは、引渡された過激派の捕虜を虐殺して埋没した。森の中にはカルムイコフが捕虜を殺したあとを分らなくするために血に染った雪を靴で蹴散らしてあった。その附近には、大きいのや、小さいのや、いろいろな靴のあとが雪の上に無数に入・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・また、エイゼンシュテインは港の埠頭における虐殺の残酷さを見せるために、階段をころがり落ちる乳母車を写した。「彫刻家が大理石とブロンズで考えるように、映画家はカメラとフィルムで考えそうして選択することが第一義である。」 役者の選択につ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・しかし火山は昔の大虐殺などは夢にも知らないような平和な姿をして、頂上にただあるかなしの白い煙を漂わせているだけであった。 狭い町は石畳になって、それに車の轍が深い溝をなして刻みつけられてあった。車道が人道に接する所には、水道の鉛管がはみ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 二つのクライマックスの虐殺の場がかなり分析的にコマ数を多くして描写されている。展覧会場では、この二つの頂点の処の肝心な数コマが白紙で蔽われて「カット」されていたことからしてみると、相当に深刻な描写があって人間の隠れた本能を呼びさますも・・・ 寺田寅彦 「山中常盤双紙」
・・・ここに、おどろくべく深い人間精神虐殺の犯罪性の一つがひそんでいる。転向して生を守ろうと欲する人は、自分にも他人にも顔向けのできない思いで、うそをつき、仮面をつけて、現れなければならない。ここに転向というモメントから、多くの人々の精神が生涯の・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・けれども、この年の秋の関東地方の大震災につづく大杉栄、伊藤野枝、その甥である男の子供の虐殺。各地における朝鮮、中国労働者の虐殺。亀戸事件などは、人種的偏見と軍人・右翼の暴力に対する心からの憎悪をめざまさした。一九一八年ごろ日本におけるアイヌ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・翌一九三三年の二月二十日に小林多喜二が築地署で拷問のために虐殺された。つづいて、野呂栄太郎が検挙され、このひとは宿痾の結核のために拷問で殺されなくても命のないことは明白であると外部でも噂されている状態だった。 一九三三年は、日本の権力が・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・すると、直ちにそれを共産党の蜂起とデマり、鎮圧の名目で軍隊を繰り出し、市街戦で革命的労働者、前衛を虐殺し、それをきっかけに戒厳令をも布く。そのような計画が予定のうちにあるキッカケの為に、赤松は総同盟の労働者を最も値よく売ろうとしている、と云・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫