・・・そこに行くとあまり融通のきかない監督では物足らない風で、彼を対手に話を拡げて行こうとしたが、彼は父に対する胸いっぱいの反感で見向きもしたくなかった。それでも父は気に障えなかった。そしてしかたなしに監督に向きなおって、その父に当たる人の在世当・・・ 有島武郎 「親子」
・・・笠井はくどくどとそこに行き着く注意を繰返して、しまいに金が要るなら川森の保証で少し位は融通すると付加えるのを忘れなかった。しかし仁右衛門は小屋の所在が知れると跡は聞いていなかった。餓えと寒さがひしひしと答え出してがたがた身をふるわしながら、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・花田 俺がそんなことでもして大きな儲けをしたら俗物とでもなんとでもいうがいい。融通のきかないのをいいことにして仙人ぶってるおまえたちとは少し違うんだから。……ところで九頭竜が大部頭を縦にかしげ始めた。まあ来てごらんなさいといったら、そ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・らず、かかる傾向を生じた根柢に、各階級に特異な動向が働いているのを認め、そしてその動向は永年にわたる生活と習慣とが馴致したもので、両階級の間には、生活様式の上にも、それから醸される思想の上にも、容易に融通しがたい懸隔のあることを感じ、現在に・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 河岸は不漁で、香のある鯛なんざ、廓までは廻らぬから、次第々々に隙にはなる、融通は利かず、寒くはなる、また暑くはなる、年紀は取る、手拭は染めねばならず、夜具の皮は買わねばならず、裏は天地で間に合っても、裲襠の色は変えねばならず、茶は切れ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・浅草の伝法院へ度々融通したのが縁となって、その頃の伝法院の住職唯我教信と懇ろにした。この教信は好事の癖ある風流人であったから、椿岳と意気投合して隔てぬ中の友となり、日夕往来して数寄の遊びを侶にした。その頃椿岳はモウ世間の名利を思切った顔をし・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・「僕は社の会計から煙草銭ぐらい融通する事はあるが、個人としての沼南には一銭だって借りた覚えがない。ところがこの頃退引ならない事情があって沼南に相談すると、君の事情には同情するが金があればいいがネ、と袂から蟇口を出して逆さに振って見せて、「な・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ その夜、近くの大西質店の主人が大きな風呂敷を持ってやってき、おくやみを述べたあと、「じつは先達てお君はんの嫁入りの時、支度の費用やいうて、金助はんにお金を御融通しましてん。そのとき預ったのが利子もはいってまへんので、もう流れてまん・・・ 織田作之助 「雨」
・・・をもって任じおられ候、天保できの女ワッペウと明治生まれの旧弊人との育児的衝突と来ては実に珍無類の滑稽にて、一家常に笑声多く、笑う門には福来たるの諺で行けば、おいおいと百千万両何のその、岩崎三井にも少々融通してやるよう相成るべきかと内々楽しみ・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・信仰というものはそんな狭い、融通のきかないものではない。仏法などは無相の相といって、どんな形にでも変転することができる。墨染の衣にでも、花嫁の振袖にでも、イヴニングドレスにでも、信仰の心を包むことは自由である。草の庵でも、コンクリート建築の・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
出典:青空文庫