・・・他人の醜美は我が形体の苦楽に関係なきものなれども、その美を欲するはあたかも我が家屋を装い庭園を脩め、自からこれを観て快楽を覚ゆるの情に異ならず。家屋庭園の装飾はただちに我が形体の寒熱痛痒に感ずるに非ざれども、精神の風致を慰るの具にして、戸外・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・おのおの貧富にしたがって、紅粉を装い、衣裳を着け、その装潔くして華ならず、粗にして汚れず、言語嬌艶、容貌温和、ものいわざる者も臆する気なく、笑わざるも悦ぶ色あり。花の如く、玉の如く、愛すべく、貴むべく、真に児女子の風を備えて、かの東京の女子・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・これを軽蔑するがゆえに、浮世の人もまた学者とともに語るを厭い、工業にも商売にもこれとともに事をともにせんとするものとては一人もなく、ただ学者と聞けば例の仙人なりと認めて、ただ外面にこれを尊敬するの風を装い、「敬してこれを遠ざくる」のみなれば・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・もしもこの限界を越ゆるときは、徳教の趣を変じて輿論に適合し、その意味を表裏・陰陽に解して、あたかも輿論に差支なきの姿を装い、もってその体をまっとうするの実を見るべし。蛮夷、夏を乱だるは聖人の憂うるところなれども、その聖人国を蛮夷に奪われたる・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・内心にこれを愧じて外面に傲慢なる色を装い、磊落なるが如く無頓着なるが如くにして、強いて自ら慰むるのみなれども、俗にいわゆる疵持つ身にして、常に悠々として安心するを得ず。その家人と共に一家に眠食して団欒たる最中にも、時として禁句に触れらるるこ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・乾坤を照し尽す無量光埴の星さえ輝き初め我踏む土は尊や白埴木ぐれに潜む物の隈なく黄朽ち葉を装いなすは夜光の玉か神のみすまるか奇しき光りよ。常珍らなるかかる夜は燿郷の十二宮眼くるめく月の宮瑠璃・・・ 宮本百合子 「秋の夜」
・・・一切の小さい装いや、好い気を捨てて本然に生度いと思う。生度いと思う。確かりと、正直に苦しみ、正直に有難がり、正直に悦んで、「人」を拡大して行き度いと思う。 自分や他の女性が嘗て持ち、今もその遺物として持っている「人」としての弱小さは、人・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ けれども、その犠牲の様式化され、装飾化されさえしたような美の形式にかかわらず、男一人に女五人の割というフランスで、夕方華やかな装いで街の女が歩きはじめる並木道の一重裏の通りを、黒い木綿の靴下をはいた勤労の女たちが、疲労の刻まれた顔で群・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・けれども、そうはいっても、その場所とその人の装いとが合致していれば、人々個々のことはどうでもいいことです。 動物 好きなのは先ず犬、馬、牛――牛もミルク・カウェーもいいけれど、朝鮮牛も悪くないと思います。そのほ・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・美を装い艶を競うを命とする女、カラーの高さに経営惨憺たる男、吾人は面に唾したい、食を粗にしてフェザーショールを買う人がある。家庭を破壊してズボンの細きを追う人がある。雪隠に烟草を吹かし帽子の型に執着する子供を「人」たらしむべき教育は実に難中・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫