ある日、浜町の明治座の屋上から上野公園を眺めていたとき妙な事実に気がついた。それは上野の科学博物館とその裏側にある帝国学士院とが意外に遠く離れて見えるということである。この二つの建築物の前を月に一度くらいは通るので、近くで・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・ リヒテンベルグの場合に放電板の裏側にできる第二次像の同心環が米田氏の現象に類するのは注意すべき事である。 近来筒井俊正君が研究している一種の特殊な拡進現象にもまたリヒテンベルグ陽像などといくぶん似た部類に属するものがある。それは二・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・ ヘルマンの教室を出て右を見ると河向いにウィルヘルム一世記念碑のうしろの胸壁の裏側が見える。河岸に沿うて二町くらい歩くと王宮橋の西詰に出る。それを左へ曲るとウンテルデンリンデンですぐ右側の角がツォイクハウス、次が番兵屯所、その次が大学で・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・家へ帰って護謨合羽を脱ぐと、肩当の裏側がいつの間にか濡れて、電灯の光に露のような光を投げ返した。不思議だからまた羽織を脱ぐと、同じ場所が大きく二カ所ほど汗で染め抜かれていた。余はその下に綿入を重ねた上、フラネルの襦袢と毛織の襯衣を着ていたの・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・隙間なく縺れた中を下へ下へと潜りて盾の裏側まで抜けはせぬかと疑わるる事もあり、又上へ上へともがき出て五寸の円の輪廓だけが盾を離れて浮き出はせぬかと思わるる事もある。下に動くときも上に揺り出す時も同じ様に清水が滑かな石の間をめぐる時の様な音が・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・つまり一つの同じ景色を、始めに諸君は裏側から見、後には平常の習慣通り、再度正面から見たのである。このように一つの物が、視線の方角を換えることで、二つの別々の面を持ってること。同じ一つの現象が、その隠された「秘密の裏側」を持っているということ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・その硝子戸の裏側には、金文字でこうなっていました。「ことに肥ったお方や若いお方は、大歓迎いたします」 二人は大歓迎というので、もう大よろこびです。「君、ぼくらは大歓迎にあたっているのだ。」「ぼくらは両方兼ねてるから」・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・ 跫音がして扉が裏側にれんをはりつけて開いた、彼女は、今度も把手に左手をかけたまま、首だけさし延して主人の方を見た。 彼女の顔は期待で緊張していた。何か一言云われたら、時を移さず「はい」と云う返事もろ共その膝をかがめようと、心に用意・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・その家も南向きで、こちらも南があいているから、ひょっとした折、元の家の二階の裏側の一部を眺める工合になっている。そこには目じるしのように一本のヒマラヤ松が聳えている。 その家に住む前には、同じ高台のつづきではあるがもっとずっと女子大より・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・坂の裏側の町筋へ出てしまったかで、俥が雪の細い坂をのぼれず、妙なところでおりて、家へ辿りついた。小ぢんまりしたあたり前の家構えであった。太郎さんという息子が風邪で臥ている、そこへ通された。話したことはちっとも覚えていない。どちらも余り話らし・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
出典:青空文庫