・・・厚い舌をだらりと横に出した顔だけの皮を残して、馬はやがて裸身にされて藁の上に堅くなって横わった。白い腱と赤い肉とが無気味な縞となってそこに曝らされた。仁右衛門は皮を棒のように巻いて藁繩でしばり上げた。 それから仁右衛門のいうままに妻は小・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ きゃッ、と云うと、島が真中から裂けたように、二人の身体は、浜へも返さず、浪打際をただ礫のように左右へ飛んで、裸身で逃げた。大正十五年一月 泉鏡花 「絵本の春」
・・・――前刻も前刻、絵馬の中に、白い女の裸身を仰向けにくくりつけ、膨れた腹を裂いています、安達ヶ原の孤家の、もの凄いのを見ますとね。」「ああ、さぞ、せいせいするだろう。あの女は羨しいと思いますと、お腹の裡で、動くのが、動くばかりでなくな・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・細竹一節の囲もない、酔える艶婦の裸身である。 旅の袖を、直ちに蝶の翼に開いて――狐が憑いたと人さえ見なければ――もっとも四辺に人影もなかったが――ふわりと飛んで、花を吸おうとも、莟を抱こうとも、心のままに思われた。 それだのに、十歩・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・体がぶるぶるッと顫えたと見るが早いか、掻消すごとく裸身の女は消えて、一羽の大蝙蝠となりましてございまする。 例のごとくふわふわと両三度土間の隅々を縫いましたが、いきなり俯けになっているお雪の顔へ、顔を押当て、翼でその細い項を抱いて、仰向・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 罵らるべくもあるところを却って褒められて、二人は裸身の背中を生蛤で撫でられたでもあるような変な心持がしたろう。「これほどの世間の重宝を、手ずからにても取り置きすることか、召使に心ままに出し入れさすること、日頃の大気、又下の者を頼み・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・老人のごとき皮膚をあわれみ、夜裸身に牛乳をあびる。青春を得るみちなきかと。非常に、失礼な手紙だと思います。文体もあやふやで申しわけありません。でもほっとしています。明日の朝になれば、だせなくなるといけませんから、すぐだします。おひまのときに・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・天気が良いとスワは裸身になって滝壺のすぐ近くまで泳いで行った。泳ぎながらも客らしい人を見つけると、あかちゃけた短い髪を元気よくかきあげてから、やすんで行きせえ、と叫んだ。 雨の日には、茶店の隅でむしろをかぶって昼寝をした。茶店の上には樫・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・どんな着物を着せようが、裸身の可愛さには及ばない。お湯からあげて着物を着せる時には、とても惜しい気がする。もっと裸身を抱いていたい。 銭湯へ行く時には、道も明るかったのに、帰る時には、もう真っ暗だった。燈火管制なのだ。もうこれは、演習で・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・ 私の背中に、ひやと手を置く。裸身のKが立っている。「鶺鴒。」Kは、谷川の岸の岩に立ってうごいている小鳥を指さす。「せきれいは、ステッキに似ているなんて、いい加減の詩人ね。あの鶺鴒は、もっときびしく、もっとけなげで、どだい、人間なん・・・ 太宰治 「秋風記」
出典:青空文庫