・・・しばらく、鏡の中の裸身を見つめているうちに、ぽつり、ぽつり、雨の降りはじめのように、あちら、こちらに、赤い小粒があらわれて、頸のまわり、胸から、腹から、背中のほうにまで、まわっている様子なので、合せ鏡して背中を写してみると、白い背中のスロオ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・ましろき女の裸身よこたはりたる。わが面貌のたぐひなく、惜しくりりしく思はれたる。おまつり。」もう、よし。私が七つのときに、私の村の草競馬で優勝した得意満面の馬の顔を見た。私は、あれあれと指さして嘲った。それ以来、私の不仕合せがはじまった。お・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・朝 園を見まわり身体を浄め心 裸身で大理石の 祭壇に ぬかずく。或時は 常春藤の籠にもり或時は 石蝋の壺に納め心 はるばると、祈りを捧げる 神よ、四時の ささやかな人間の寄進を 納め給え、と。・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・きょう私たちは人民が人民の主人となった解放のすがすがしさに、思わず邪魔な着物はぬぎすてて、風よふけ日よおどれと、裸身を衆目にさらしているのだろうか。ああ、これこそわれら働く若い男女の愛の希望と互にうなずける社会的解決があって、抱擁し接吻して・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
・・・ 夕方、仕事から引きあげて来ると、もう早い連中が、河の堤の青い草の上へ服をぬぎすてて、バシャバシャやってる。裸身の親父がまだボシャボシャすることも知らない小さい息子を抱いて、体を洗ってやってると、妻君が嬉しそうにしゃがんで眺めているのな・・・ 宮本百合子 「ソヴェト労働者の夏休み」
・・・古代の赤煉瓦の壁の間に女神の白い裸身は死骸のごとく横たわっている。そうして千年の闇ののちに初めて光を、炬火の光を、ほのあかく全身に受ける。ヴイナスだ、プラキシテレスのヴイナスだ、と人々は有頂天になって叫ぶ。やがてヴイナスは徐々に、地の底から・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫