・・・下宿と小路ひとつ距て製糸工場が在るのだ。そこの女工さんたちが、作業しながら、唄うのだ。なかにひとつ、際立っていい声が在って、そいつがリイドして唄うのだ。鶏群の一鶴、そんな感じだ。いい声だな、と思う。お礼を言いたいとさえ思った。工場の塀をよじ・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・如何に鉄道が拡がっても製糸工場が増しても、まだまだそこらの山陰や川口にはこんな浴場はいくらも残っているだろう。 こんな取り止めも付かぬ事を色々な人に話してみた。 二、三の先輩は怒ったような顔をし、あるいは苦笑して何とも云わなかっ・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・普通な農作のほかに製茶製糸養蚕のごときものも、鉱業や近代的製造工業のごときものに比較すればやはり庭園的である。風にそよぐ稲田、露に浴した芋畑を自然観賞の対象物の中に数えるのが日本人なのである。 農業者はまたあらゆる職業者の中でも最も多く・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・あちこちに大きな瀬戸物の工場や製糸場ができました。そこらの畑や田はずんずん潰れて家がたちました。いつかすっかり町になってしまったのです。その中に虔十の林だけはどう云うわけかそのまま残って居りました。その杉もやっと一丈ぐらい、子供らは毎日毎日・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
・・・ 丁度目の前を製糸工場、赤いバラの労働婦人群が通過するところである。女を台所から解放しろ!生産経済計画を実現しろ!五ヵ年計画を四年で! これらスローガンを書いた赤い横旗を捧げて行く二人の女は、コーカサスの風俗をし・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・日本の工場学校と云えば体のいい徒弟養成所か、さもなければ製糸所の女工さんなどをプロレタリアの女として目ざまさない為に、いろんなブルジョアくさい女学校の型ばかりの真似をして、役にも立たない作文だの、活花だの、作法だので労働の中から自ずと湧く階・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・小学卒業したまま製糸工場の寄宿舎へつれて来られた小さい女の子たちは自分たちのおかれている悪事情さえ意識できない程度であるが、女学校以上専門学校出の職業婦人は、この点では敏感であり、人間としての自尊心もある。社会事情はその人間的なものを苦しめ・・・ 宮本百合子 「現実の道」
・・・よその経営に働く婦人たちは自分たちの境遇のつまりのところは、日本の製糸工場で同性たちが受けている待遇とつながったものであるという現実に対して、実に無智であった。自分たちの居場処や服装が糸取りをして働いている同性たちと違っているということだけ・・・ 宮本百合子 「働く婦人の歌声」
・・・ 製糸女工さんの賃銀は日に十二銭です。ガスよけマスク、飛行機、爆弾、そういうものを拵えてしこたま儲けている工場がどんなひとの使いようをするかといえば、臨時雇いで、しかも給料のやすいおとなしい女ばかりを多く雇う。一日十一時間半も働かす。・・・ 宮本百合子 「婦人読者よ通信員になれ」
町から、何処に居ても山が見える。その山には三月の雪があった。――山の下の小さい町々の通りは、雪溶けの上へ五色の千代紙を剪りこまざいて散らしたようであった。製糸工場が休みで、数百の若い工女がその日は寄宿舎から町へぶちまけられ・・・ 宮本百合子 「町の展望」
出典:青空文庫