・・・そうしてその前には姉のお絹が、火鉢の縁に肘をやりながら、今日は湿布を巻いていない、綺麗な丸髷の襟足をこちらへまともに露していた。「そりゃおれだって忘れるもんかな。」「じゃそうして頂戴よ。」 お絹は昨日よりもまた一倍、血色の悪い顔・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・夜目にも美しい襟足を見せて、せつなそうにうつむきながら、「ああ、いっそ私は死んでしまいたい。」と、もう一度かすかにこう云いました。するとその途端です。さっき二羽の黒い蝶が消えた、例の電柱の根元の所に、大きな人間の眼が一つ、髣髴として浮び出し・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・夕化粧の襟足際立つ手拭の冠り方、襟付の小袖、肩から滑り落ちそうなお召の半纏、お召の前掛、しどけなく引掛に結んだ昼夜帯、凡て現代の道徳家をしては覚えず眉を顰めしめ、警察官をしては坐に嫌疑の眼を鋭くさせるような国貞振りの年増盛りが、まめまめしく・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・顔立は面長の色白く、髪の生際襟足ともに鮮に、鼻筋は見事に通って、切れ長の眼尻には一寸剣があるが、案外口元にしまりが無いのは糸切歯の抜けているせいでもあろう。古風な美人立の顔としてはまず申分のない方であるが、当世はやりの表情には乏しいので、或・・・ 永井荷風 「申訳」
出典:青空文庫