・・・が、勿論お蓮一人、出してやれたもんじゃないから、そこは牧野が見え隠れに、ついて行く事にしたんだそうだ。「ところが外へ出て見ると、その晩はちょうど弥勒寺橋の近くに、薬師の縁日が立っている。だから二つ目の往来は、いくら寒い時分でも、押し合わ・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・幾抱えもある椴松は羊歯の中から真直に天を突いて、僅かに覗かれる空には昼月が少し光って見え隠れに眺められた。彼れは遂に馬力の上に酔い倒れた。物慣れた馬は凸凹の山道を上手に拾いながら歩いて行った。馬車はかしいだり跳ねたりした。その中で彼れは快い・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・叔母は此方を見も返らで、琵琶の行方を瞻りつつ、椽側に立ちたるが、あわれ消残る樹間の雪か、緑翠暗きあたり白き鸚鵡の見え隠れに、蜩一声鳴きける時、手をもって涙を拭いつつ徐に謙三郎を顧みたり。「いいえね、未練が出ちゃあ悪いから、もうあの声を聞・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・それが天井の一尺ばかり下を見え隠れに飛びますから、小宮山は驚いて、入り掛けた座敷の障子を開けもやらず、はてな、人魂にしては色が黒いと、思いまする間も置かせず、飛ぶものは風を煽って、小宮山が座敷の障子へ、ばたりと留った。これは、これは、全くお・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・と、ジュッジュッという啼き声がしてかなむぐらの垣の蔭に笹鳴きの鶯が見え隠れするのが見えた。 ジュッ、ジュッ、堯は鎌首をもたげて、口でその啼き声を模ねながら、小鳥の様子を見ていた。――彼は自家でカナリヤを飼っていたことがある。 美しい・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・湿りを帯びた大きな星が、見え隠れ雲の隙を瞬く。いつもならば夕凪の蒸暑く重苦しい時刻であるが、今夜は妙に湿っぽい冷たい風が、一しきり二しきり堤下の桑畑から渦巻いては、暗い床の間の掛物をあおる。草も木も軒の風鈴も目に見えぬ魂が入って動くように思・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・次にこの行列の帰還を迎える場面でも行列はやはりわれわれ観客の前を横に通過するのであるが、ここでは前と反対にヒロインがその行列の向こう側に見え隠れにあわただしく行ったり来たりしてカメラはこの女の行動と表情を子細に追跡する。そうして女の心の中に・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・中に兜の鉢を伏せたらんがごとき山見え隠れするを向いの商人体の男に問う。何とか云いしも車の音に消されて判らず。再三問いかえせしも訛の耳なれぬ故か終にわからず。気の毒にもあり可笑しくもあれば終にそのままに止みぬ。後にて聞けば甲山と云う由。あたり・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ ただ、仔猫がじゃれるように遊び合っていた友達の中にも何か先には気の付かなかったいろいろなことが、珍らしい彼等の姿をチラチラと見え隠れさせる。 仕合わせに可愛がられ、正しさを奨励され、綺麗な物語りの中に育って、躊躇とか不安とかいうも・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫