・・・両親は顔を見合わせてびっくりしました。そして外に出てみますと、まさしく龍雄でありました。 両親はわが子を家に入れてからさんざんにしかりました。そして、なんで帰ってきたか? どうして遠いところを帰ってきたか? と聞きました。「俺は酒屋・・・ 小川未明 「海へ」
・・・私は新次と顔を見合せました。 目安寺を出ると、暗かった。が、浜子はすぐ私たちを光の中へ連れて行きました。お午の夜店が出ていたのです。お午の夜店というのは午の日ごとに、道頓堀の朝日座の角から千日前の金刀比羅通りまでの南北の筋に出る夜店で、・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・言葉少く顔見合せながら、私達のお互いの心には瞬間、温く通うものがあった。眼の奥が熱くなった。 やがて、ラッパが鳴り響いた。集合、整列、そして出発だ。Sは背嚢を肩にした。ラッパの勇しい響きと同時に、到るところで、××君万歳の声が渦をまいて・・・ 織田作之助 「面会」
・・・私と友は顔を見合せて変な笑顔になりました。やや遠離ってから私達はお互いに笑い合ったことです。「きっと捕まえてあがってしまったんだよ」と私は云いました。なにか云わずにはいられなかったのだと思いました。 飯倉の通りは雨後の美しさで輝いていま・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・何だと訊ねると、みんな顔を見合わせて笑う、中には目でよけいな事をしゃべるなと止める者もある。それにかまわずかの水兵の言うには、この仲間で近ごろ本国から来た手紙を読み合うと言うのです。自分。そいつは聞きものだぜひ傍聴したいものだと言って座を構・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・そんな時、彼等は、帰りに、丘を下りながら、ひょいと立止まって、顔を見合わせ、からから笑った。「ソぺールニクかな。」「ソぺールニクって何だい?」「ソぺールニク……競争者だよ。つまり、恋を争う者なんだ。ははは。」 三・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・アッとあきれて夫婦はしばし無言のまま顔を見合せた。 今まで喜びに満されていたのに引換えて、大した出来ごとではないが善いことがあったようにも思われないからかして、主人は快く酔うていたがせっかくの酔も興も醒めてしまったように、いかにも残念ら・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・俺ともう一人の同志は一寸顔を見合せた。――警視庁と云えば、俺は前に面白い小説を読んだことがあった。 警視庁の建築工事に働きに行っている労働者の話なんだが、その労働者がこの工事をウンと丈夫に作っておこうと云ったそうだ。ところが仲間に、よせ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・を隔て脈ある間はどちらからも血を吐かせて雪江が見て下されと紐鎖へ打たせた山村の定紋負けてはいぬとお霜が櫛へ蒔絵した日をもう千秋楽と俊雄は幕を切り元木の冬吉へ再び焼けついた腐れ縁燃え盛る噂に雪江お霜は顔見合わせ鼠繻珍の煙草入れを奥歯で噛んで畳・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・今少しで約束するところまで行った。見合わせた。帰って来て、そんな家を無理して借りるよりも、まだしも今の住居のほうがましだということにおもい当たった。いったんは私の心も今の住居を捨てたものである。しかし、もう一度この屋根の下に辛抱してみようと・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫