・・・わたしは竹の落葉の上に、やっと体を起したなり、夫の顔を見守りました。が、夫の眼の色は、少しもさっきと変りません。やはり冷たい蔑みの底に、憎しみの色を見せているのです。恥しさ、悲しさ、腹立たしさ、――その時のわたしの心の中は、何と云えば好いか・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・熱心に帳簿のページを繰っている父の姿を見守りながら、恐らく父には聞こえていないであろうその跫音を彼は聞き送っていた。彼には、その人たちが途中でどんなことを話し合ったか、小屋に帰ってその家族にどんな噂をして聞かせたかがいろいろに想像されていた・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 母親は、思案顔をして、子供らを見守りながら、「昔から、花を食べてはいけないといわれています。あれを食べると、体に変わりができるということです。食べるなというものは、なんでも食べないほうがいいのです。」といいました。「あんなにき・・・ 小川未明 「赤い魚と子供」
・・・ 露子は、いまごろはその船は、どこを航海しているだろうかと考えながら、しばしつばめのゆくえを見守りました。 小川未明 「赤い船」
・・・ また小犬が遊んでいると、子供は立ち止まって、じっとそれをば見守りました。「わんわんや、わんわんや。」と、かわいらしい、ほんとうに心からやさしい声を出して、小さな手を出して招くのでした。 子供にとって、木の葉も、草も、小石も、鶏・・・ 小川未明 「幾年もたった後」
・・・ かもめは、さまざまな街のにぎやかな光景や、できごとなどを見守りました。そして、こんなおもしろいところがこの世界にあるということを、ほかの鳥らはまだ知らないだろう。よく、よく、この有り様を記憶しておいて、彼らに教えてやらなければならない・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・そして、日の光りに照されて輝く老教師の禿頭をじっと見守りました。 学校の教師の中でも、苛められる教師があり、同じ級の中でも、苛められる生徒がありました。その人達が、何のために苛められるのか、私は、それを解することができなかったのです。・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・と、先生はおみよの顔を見守りました。「七つか八つになる乞食の女の子です。」と、おみよは答えました。「乞食の子!」と、先生はいって、しばらく考えていましたが、「あなたは、巡査さんにいって縛ったほうがいいか、また堪忍してやったほうが・・・ 小川未明 「なくなった人形」
・・・と訊きながら狩人の顔を見るように、プラタプの面を見守りました。 其日、彼女はもういつもの木の下には座りませんでした。スバーが、父の足許に泣き倒れて、顔を見上げ見上げ激しく啜泣き出した時、父親は、丁度昼寝から醒めたばかりで、寝室で煙草・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・と言って、嫁は縫い物の手を休め、ぼんやり私の顔を見守ります。「いや、針仕事をしながらでいい、落ちついて聞いてくれ。これは、お国のため、というよりは、この町のため、いや、お前たち一家のために是非とも、聞きいれてくれろ。だいいちには、圭吾自・・・ 太宰治 「嘘」
出典:青空文庫