・・・いや、当時もそんなことは見定める余裕を持たなかったのであろう。彼は「しまった」と思うが早いか、たちまち耳の火照り出すのを感じた。けれどもこれだけは覚えている。――お嬢さんも彼に会釈をした! やっと停車場の外へ出た彼は彼自身の愚に憤りを・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・そのために血が眼へはいって、越中守は、相手の顔も見定める事が出来ない。相手は、そこへつけこんで、たたみかけ、たたみかけ、幾太刀となく浴せかけた。そうして、越中守がよろめきながら、とうとう、四の間の縁に仆れてしまうと、脇差をそこへ捨てたなり、・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・深夜ふと眼をさますと、枕元の硝子窓に幽暗な光がさしているので、夜があけたのかと思って、よくよく見定めると、宵の中には寒月が照渡っていたのに、いつの間にか降出した雪が庭の樹と隣の家の屋根とに積っていたのである。再び瓦斯ストーブに火をつけ、読み・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・ ここは湯気が一ぱい籠もっていて、にわかにはいって見ると、しかと物を見定めることも出来ぬくらいである。その灰色の中に大きい竈が三つあって、どれにも残った薪が真赤に燃えている。しばらく立ち止まって見ているうちに、石の壁に沿うて造りつけてあ・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
出典:青空文庫