・・・ 李は、これだけ、見定めた所で、視線を、廟の中から外へ、転じようとした。すると丁度その途端に、紙銭の積んである中から、人間が一人出て来た。実際は、前からそこに蹲っていたのが、その時、始めて、うす暗いのに慣れた李の眼に、見えて来たのであろ・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・ 若い男は私の指す方を見定めていましたが、やがて手早く担っていたものを砂の上に卸し、帯をくるくると解いて、衣物を一緒にその上におくと、ざぶりと波を切って海の中にはいって行ってくれました。 私はぶるぶる震えて泣きながら、両手の指をそろ・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・ と、石投魚はそのまま石投魚で野倒れているのを、見定めながらそう云った。 一人は石段を密と見上げて、「何も居ねえぞ。」「おお、居ねえ、居めえよ、お前。一つ劫かしておいて消えたずら。いつまでも顕われていそうな奴じゃあねえだ。」・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・かねてここと見定めて置いた高架鉄道の線路に添うた高地に向って牛を引き出す手筈である。水深はなお腰に達しないくらいであるから、あえて困難というほどではない。 自分はまず黒白斑の牛と赤牛との二頭を牽出す。彼ら無心の毛族も何らか感ずるところあ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・千軒もあるのぞみ手を見定め聞定めした上でえりにえりにえらんだ呉服屋にやったので世間の人々は「両方とも身代も同じほどだし馬は馬づれと云う通り絹屋と呉服屋ほんとうにいいお家ですネー」とうわさをして居たら、半年もたたない中に此の娘は男を嫌い始めて・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・この辺のところは御存知でもあろうが能く御注意あって、十分機会を見定めて話して貰いたい。 という意味を長々と熱心に書いてある。村長は委細を呑込んで、何卒機会を見て甘くこの縁談を纏めたいものだと思った。 三日ばかり経って夜分村長は富岡老・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・今の場合、それと見定めましたから、何も嬉しくもないことゆえ、「お客さんじゃねえか」と、「放してしまえ」と言わぬばかりに申しましたのです。ところが吉は、 「エエ、ですが、良い竿ですぜ」と、足らぬ明るさの中でためつすかしつ見ていて、 「・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ずっと深い所に時々大きな魚だか蝦だか不思議な形をした物の影が見えるがなんだとも見定めのつかないうちに消えてしまう。 右舷に見える赤裸の連山はシナイに相違ない、左舷にはいくつともなくさまざまの島を見て通る。夕方には左にアフリカの連山が見え・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・しかし、そうしてできあがった一連を与えられた鑑賞の目的物とする読者がその前句を味わった後に付け句に取りついてそれをはっきり見定めている間に、その読者の頭の中に起こって来る心理的過程が少なくも部分的には付け句作者の創作当初の心理を反映しなけれ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・彼女は――頭髪に白いバラのかんざしをさして、赤い弁当風呂敷を胸におしつけている――それきりしか三吉には見定められなかった。「こっちがいいでしょう」 深水がベンチのちりをはらって、自分のとなりに彼女を腰かけさせ、まだつったっている三吉・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫