・・・ 見物人はよろこんで、「えらい裁判長だ。えらい裁判長だ。」とときの声をあげました。そこでネネムは又巡視をはじめました。 それから少し行きますと通りの右側に大きな泥でかためた家があって世界警察長官邸と看板が出て居りました。「一・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ほかに見物人もない廃墟の間を歩いていると、自分たちの声が遠いところまで反響してゆくのがわかる。 もとの市中をぬけると、砲台のあったぐるりの山々までいかにも打ちひらいた眺望である。数哩へだたった山々はゆるやかな起伏をもってうっすりと、あっ・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・その沢山の物売りが独特な発声法で、ハムやコーヒー牛乳という混成物を売り廻る後に立って、赤帽は、晴やかな太陽に赤い帽子を燦めかせたまま、まるで列車の発着に関係ない見物人の一人のように、狭い窓から行われる食物の取引を眺めている。両手を丸めた背中・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・でコミュニストが笑われていることに気のつかない見物人がいるのにはビックリしてしまったです。福田 英雄だと思って居りますよ。獅子 そうらしい。辰野 二十代の人は笑わないでしょう。獅子 そうすると、こういう時代には、ああいう役の・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・一番遅い見物人の一列が、その間をゆるゆると出口に向って動いている。アムフィテアトルのところは暗い。そこに、ぽつりぽつり、若くない女が残っていた。彼等は動かない。薄暗い中で、座席から立ちかね、感情に捕われている。彼等は、何等かの意味で自分達の・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・が、妙なもので、素通りの見物人が通る大路はきっちり定っているものだ。その庭の白く乾いた道の上こそ、草履の端から立つ埃がむっとしておれ、たった一歩、例えばまあ三月堂から男山八幡へ行く道、三笠山へ出る道を右にそれて草原に出て見る、そこで人影はも・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・彼等はまるで、他人の仕事をするように、恐る恐る、何だか絶望的に働く」のであった。往還の末に、村長と村の商人を先頭とする金持の塊が認められた。彼等は見物人のように何もせずに立って、手や棒を振りながら叫んでいる。「火つけだ!」 金持連の・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・小学生、小さい女学生、印バンテンの労働者、お仕着せを着たどっかの小僧さんの一団までをまぜて、見物人は犇々太い丈の手摺りぎわへつめよせ、ギッシギッシと動いている。誰もかれも上気せている。係の店員が「御気分のおわるい方は救護所がございます!」と・・・ 宮本百合子 「「モダン猿蟹合戦」」
・・・ 翌十四日の朝は護持院原一ぱいの見物人である。敵を討った三人の周囲へは、山本家の親戚が追々馳せ附けた。三人に鵜殿家から鮨と生菓子とを贈った。 酉の下刻に西丸目附徒士頭十五番組水野采女の指図で、西丸徒士目附永井亀次郎、久保田英次郎、西・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・大野が来賓席の椅子に掛けていると、段々見物人が押して来て、大野の膝の間の処へ、島田に結った百姓の娘がしゃがんだ。お白いと髪の油とのにおいがする。途中まで聞いていた誰やらの演説が、ただ雑音のように耳に聞えて、この島田に掛けた緋鹿子を見る視官と・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫